帰り道、きみの近くに誰かいる


◇ ◆ ◇


「やられた…」


放課後、廉は大きくため息をついた。自分のいる教室から少し離れた違う建物の校舎に、一年の教室がある。

そこまで歩くのにある程度時間はかかる。歩き慣れない廊下を歩き、見慣れない生徒とすれ違って目的の教室にやって来た。


そこは西野莉子がいる教室。

そこにいるはずの場所に目をやると、西野莉子の姿はもういなかった。やられたとは思ったが、仕方ない。

半ば強制すぎたのかもしれない。いきなり話しかけて一緒に帰ろうと誘って、…やっぱり怖がらせたのかもしれない。彼女に怯えた目を向けられると、どんなふうに接したらいいか分からなくなる。どうやって接したらいいか悩んでいた。


「廉くん!どしたの、何か用事?」

その教室から見慣れた顔の幼馴染が声をかけてきた。雅は嬉しそうに走ってきた。


「雅、莉子ちゃんってもう帰った?」
「莉子…って西野さんのこと?」


雅は怪訝そうな顔で廉を見る。


「もう帰ったと思うよ。あの子、いっつも帰るの早いから」

「そっか、じゃあ諦めるよ。またね」


そう言ってすぐにその場を離れようとしたが雅は止めてきた。


「ちょっと待って待って。西野さんのこと、莉子ちゃんって呼んでるの?え、2人とも知り合い?何の関係?私の方が廉くんと付き合い長いよね?なんでそんなことを私が知らないの?2人とも知り合いなの?」


質問の嵐で何から答えたらいいか分からなくなる廉は、ただ一言で終わらせようとする。


「うーん、俺が莉子ちゃんのこと、狙ってるだけだから」


それで話が終わると思って言ったが、更に雅は納得のいかない様子だった。


「なんで?いつから?廉くん、あの子のこと狙ってるって、どこがいいの?どーゆうことか全然わからない」


さらに深まる雅の疑念に、しばらく長く付き合わなければならない。どう返事をしたらいいか頭を抱えた。


雅は小学生の頃から近所の付き合いでよく遊んでいた仲だった。

雅の親が共働きのために夕方1人きりの雅を相手に、友人と一緒に遊んで面倒を見ていた記憶がある。

雅は気の強い性格だが、昔は友達も少なく内向的な性格だった。

昔から一緒に遊んでいくうちに自分に慕ってくれるようになった。

だけど昔から仲が良い分、時々こうして距離感を掴めなくなる時がある。


雅は廉のことを幼馴染として何でも把握しておきたいし、知らないことがあるのは気に食わないみたいだ。


「いつのまに西野さんと知り合っているの?何だってあんなに西野さん、暗い人なのにいつ接点があったのかなって…」


「大丈夫だよ、ちょっと知り合いなだけだよ。それに俺があの子のこと、勝手に気に入ってるだけだから」


なんとなく言葉を濁したせいか、雅はまだ疑問を浮かべていた。

そんな彼女に廉は苦笑いを浮かべるしかなかった。

たとえ、昔からの関係である雅にも言えなかった。

廉にとって、莉子に近づいた《理由》は誰にも話せないことだと思った。

雅は納得がいかなかった。何も知らされていないことに。だけど廉にとっても内緒の内容であった。


一年の教室がある校舎から出てそのまま学校から出た。


廉は受験生の年でもあり、勉強に集中しなければならない時期であった。しかし成績優秀により推薦で国公立に通る話も出ていた。

しかし一応成績を落とさない為、日々勉強を続けていて、今日もいつも自主勉をしている図書館へと向かった。

その図書館は莉子の家の近くでもあるため、莉子とは帰り道が同じだが、もう今から急いでも莉子には追いつけないと諦め、ゆっくりと向かうことにした。


駅に着き、電車に乗る。そして目的の駅につき、歩き始める。そこでなんとなく、頭に通り魔事件のことが浮かんだ。


やはり、頭の中には莉子のこと、そして昨日の不審者に出会したことを思い出した。


大丈夫だろうか。またあの男が現れていないだろうか。そもそも、あの男が通り魔事件に関わっている犯人なのだろうか。


頭の中で嫌な予感が巡った。

ここのところ、旭町は治安が悪い。


廉は自然と右ポケットに手を入れ、携帯を取り出した。あまり普段から携帯を触る癖はないが、何度も画面を開いたら閉じたりを繰り返した。


莉子は大丈夫だろうか。またあの男が莉子を追いかけていたら。そもそも、通り魔事件のような誰でもよかったという動機ではなく、莉子1人を狙っての犯行だったとしたら。

悩んでいた廉は決断したように莉子に連絡をかけていた。


あまり今まで女の子に積極的に連絡先を聞いたことない自分が無理矢理聞き出して手に入れた、莉子の携帯番号。その番号に電話をかけた。


相手が電話に出るまでの機械音をしばらく聞かないといけないと思っていたが、すぐに携帯から声が聞こえたことに驚く。


「…清宮先輩」


震えた声が聞こえた。助けてください、とか細い声だった。


やはり嫌な予感は当たった。


頭に浮かんだのは、昨日の男。
また何かあったのだ。


助けを求められると廉は急いで目的の場所まで向かった。そこは昨日、不審者と出会した現場の近くのコンビニだった。

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