帰り道、きみの近くに誰かいる
コンビニに入ると雑誌コーナーの片隅に莉子はいた。
本を手に持っているが、目線の先は若干窓の外に向けられていた。
名前を呼ぶと、一瞬体を震わせた。廉が来たのが分かった瞬間、安堵の表情を見せた。
「清宮先輩…すみません」
「大丈夫。とりあえず、男はどこにいる?」
「そこです。外の喫煙のところ…」
言われた所に目を向けるとそこには全身黒ジャージを着て頭深く帽子を被った男が立っていた。
廉から見てもその男は昨日出会した人と似ていた。たしかに莉子の言う通り、同じ人かもしれない。だけどハッキリとよく分からない。
「昨日の男かもしれないけど、分からないね。とりあえず俺が一緒にいたらたぶん後は追ってこないと思う。とりあえずまだ男がどうするか、ここで待ってみて様子を見ようか」
コンビニの客層も会社帰りのサラリーマンや帰宅する学生ばかりだった。外の景色は夕方で、秋の空が高く見える。橙色の雲が広がっている。
「すみません。でも私…」
すると莉子は何かを言いたげな雰囲気でそわそわした様子だった。
廉は「ん?」と、莉子の背に高さに合わせて顔を傾ける。廉と目線が合った莉子は少し恥ずかしそうに傾いて言った。
「ごめんなさい。…私、早く帰らないといけないから、ずっとここで待てないです」
申し訳なさそうにそう呟いた。
廉はこの時何も不思議に思わなかったが、莉子の重苦しそうな表情は見逃せなかった。何か理由があるようだが、彼女は早く家に帰らないといけない。
廉はわかった、と莉子の要望にすぐ頷いた。
「じゃあ俺が一緒にいたら大丈夫。たぶん後を追ってこないから。今から一緒に出よう」
廉の言葉に、莉子は俯いていた顔を上がる。また申し訳なさそうにこくんと頷いた。
なるべく彼女の気を重くさせないように廉は微笑んだ。こんな状況でも、彼女を安心させたかった。
2人は肩を並んでコンビニから出た。自動ドアから出るとすぐ左手に喫煙所がある。
なるべく男から莉子の姿が見えないように廉は左側に立って、自分の体で莉子を隠すように歩いた。
莉子は真っ直ぐと前を向いて歩いていたが体は見るからに震えていた。そんな彼女に廉は「大丈夫」と声をかけることしか出来ない。
そして左側に立っている廉は近くにいる男を横目で見た。男はハッキリとこっちを見ているが動きはない。やはり廉が一緒だと追いかけてこない。
間違いない。
近くで見るとやはり昨日の男だった。
マスクをしたいたが、男の目は間違っていなかった。
何か重いものを背負ったような鋭い目線だった。廉は男の視線に対して、冷たい視線で返した。
莉子と廉を見つめたまま、男の動きは止まったまま。だけど姿が見えなくなるまで視線を感じていた。
コンビニの駐車場を抜けて並木道を歩き、住宅街を歩いていく。そこで莉子はやっと安心したように大きくため息がついた。
「よかった、追いかけてこない」
何度も後ろを振り返ったが男は追ってくる気配がない。何度も確認した後、もう大丈夫だろうと安心をした。
「だけど、たぶん昨日の男でした。怖い。なんでまた私の前に現れたんだろう」
さっきの男が昨日の不審者と同じだったことは廉も思ったが、莉子が不安そうにしているためあまり言えなかった。だけど、同じことを確信していた。
「知ってる顔ではなかった?知り合いとかではない?」
「全く。知り合いじゃないです。見たことない人です。私の中で記憶にない」
そう言うと莉子はしばらく黙り込んだ。彼女は考え込むと黙る癖があるらしい。
「とりあえずまたこの事は学校に報告したほうがいい。場合によっては警察にも。何かあってからじゃ、遅いから」
「でも大事になりますよね。もし警察まで話がいったら…母にも知られますよね」
この事を自分の母に知られたくないのか、あまり相談はしたくないようだった。
「とりあえずこれからまた俺が帰り道、一緒に帰るから。男が近寄らないように。また学校行く時ももし男が近寄るようなことがあったら気をつけて。俺も気にかけるし」
廉がそう言うと、また莉子は黙り込んだ。何かをまた考えているのか表情を止めたまま廉を見上げる。
何か考えていた答えが出たのか、いきなり横に首を振り始めた莉子は、胸の前で手をかざした。
「待ってください、それは本当に申し訳ないです。一緒に帰るのは無理です。いろんな目もあるし、また何か言われるし、…とにかく無理です」
口を尖らせたくなるような返事をされて、廉は納得いかない。
「いろいろ言われるって誰に言われるの?っていうか、そんなこと気にする場合じゃないよ。また男が追いかけてきたらどうするの?」
「それはそうですけど…」
眉を垂らした莉子が明らかに困った様子だった。
「だめ、もう強制。一緒に帰ろう」
また困らせてしまった彼女を見て、思わず笑った。
少し恥ずかしそうに俯いていたからだ。
そこまで嫌ではなさそうだし、このまま強制的に誘う。もう決めた。
とにかくあの男から守らないといけない。そんなことを思いながら歩いていると、莉子の家の前に着いた。