虹色 TAKE OFF !! 〜エリートパイロットは幼馴染み〜

「九条君、聞こえるか?」

 マイクを片手に、風間さんが声をあげた。 

「運航管理センターの風間だ。まだ飛行を維持できるか?」

 しばらくして、ごうごうと鳴る風音に混じって、九条くんの苦しそうな声がスピーカーから流れてきた。

『努力……しています……』

「今、自衛隊と海上保安庁、消防庁に救難要請を出した。他になにか希望があれば、何でも言ってくれ」

 しばらく九条くんは黙っていた。
 ごうごうと響く風音と、九条くんの苦しそうな息遣いだけが、スピーカーから漏れてくる。

 そして九条くんは、言った。

『海上保安庁に……連絡して……、近くに、航行中の船舶が、いないか……』
 
「不時着水するのか、九条君?」

『……やむを得、ません……』

 だがその言葉を聞いて、急に紫月さんが口を開いた。

「ちょっと待って、あなたはどうなるの、正臣?!」

『紫月……』

 コクピットの裂け目から、ごうごう吹き込む風音が響いている。

「コクピットと客室を隔てるドアが故障して開かないって聞いたわ。あなたはどうなるの?!」
 
 全員が息を呑む中、少し間をおいて、九条くんの声が、途切れ途切れに響いた。

『……コクピットの、屋根に……非常用、の……脱出、ハッチが……』

「九条、今の君にそのハッチが使えるのか?」

 言葉を挟んだのは、藤堂社長だった。

『社長……』

「ああ、藤堂だ。君の仲間たちも来ているぞ、九条」

 藤堂社長は、こう言った。

「左腕を負傷しているのだろう? 今の君が片腕で脱出ロープを掴んで、機外に出られるのか?」

 九条くんは、しばらく黙っていた。
 そして吹きすさぶ風の中で、かすれた声を出した。

『……難しい、でしょう……。でも、最悪……、僕と原田さんの、二人の犠牲で、乗客が、助かるのなら……』

「だめ! 絶対にだめ!!」

 紫月さんが叫んだ。

「こんなところで死ぬなんて、絶対に許さない! 許さないから!!」

『……』

「必ず帰って来るの! その機体を操って、必ず帰って来るのよ!!」

 紫月さんの目に、涙が光っていた。

「それ以外に、認めないから……」
 
 私は紫月さんの後ろに歩み寄って、そっと肩に手を触れた。 
 紫月さんは──この、日本で一番の財閥令嬢は、何も言わずに、私に抱きついてきた。
< 193 / 235 >

この作品をシェア

pagetop