虹色 TAKE OFF !! 〜エリートパイロットは幼馴染み〜
私は、涙をぽろぽろこぼしている明日美ちゃんにそっと微笑みかけると、彼女からマイクを受け取った。
「まあくん、聞こえる? 理恵だよ」
『理恵……』
苦しそうにかすれる、九条くんの声。
「まあくん。痛いよね、苦しいよね、寒いよね……。でも、ごめんなさい。私、あなたに何もしてあげられない」
『……』
「あの日、イタズラ書きされた自転車のペンキを落とそうとして、私たち、かえって自転車を傷付けてしまって、私たちも手がぼろぼろになっちゃったよね……。あのときの私は、なんの役にも立たなかったけど、あなたと一緒に戦うことはできた。……今は、それもできないの」
ごうごうと、風音だけが響くスピーカーにむけて、私は話し続けた。
「まあくん、帰ってきて。帰ってきたら、今できないこと、全部あなたにしてあげるから。傷の手当をして、暖かいお風呂に入れて、あなたの苦しみを、癒やして……」
泣いちゃいけない。
でも、涙が止められない。
止まらない。
「帰ってきて、まあくん。私の一生のお願いです。まあくんが帰ってきたら、私たち結婚するんだよ。私たちが出会ったあの街で、可愛いお家を建てて、私たち暮らし始めるんだよ」
『……』
「あと少し、もう少しだから……。頑張って、まあくん。私もみんなも、羽田で待ってるから……」
それが限界だった。
とてもそれ以上、想いを言葉にできない。声をあげて泣き出しそうになるのを堪えるのが、精一杯だった。
そんな私の肩に、誰かが手を置いた。
振り向くと、直人さんが微笑んで、私のことを見つめていた。
直人さんは小さく頷くと、私からマイクを受け取って、話し始めた。
「おい九条、聞こえるか? 悪い奴だな、理恵や紫月だけじゃなく、明日美まで泣かせやがって」
『直人……』
「そんなわけだから、さっさと羽田まで帰って来い。お前ここまで言われて、横着して不時着水なんて許されんぞ」
『……』
「覚えてるか? ミドルスクールの頃、フットボールの試合で、俺はランニングバックでお前はクォーターバックだったよな」
直人さんはサロンで雑談でもしているように、傷付いた九条くんに語りかけている。
「相手は隣州のゴリラどもで、残り時間1分で点差は5点、絶対絶命ってときに、お前は70ヤードのロングパスを右サイドに放り込んで、俺が走り込んでキャッチして、逆転のタッチダウンだ。俺たちはスクールのヒーローだった」
そして直人さんは、スピーカーに向けて笑いかけた。
「もう一度魅せてくれよ、九条。お前の翼で、羽田のギャラリーたちを沸かせてやろうぜ」