虹色 TAKE OFF !! 〜エリートパイロットは幼馴染み〜

「早川さん、ですね?」

 オペレーターが声をかけてきた。

「九条さんが、あなたとの通話を希望しています」

 はっとする私の横で、藤堂社長が目配せしながら頷いている。
 私はマイクを受け取って、話した。

「まあくん、理恵だよ。どうしたの?」

『理恵……、今からアプローチに入る』

 コクピットに吹き込む風音にかき消されて、九条くんの声は聞き取りづらかった。
 やはり気丈に振舞っていても、九条くんの身体はもう、限界だった。

『必ず、理恵のところに帰るから……。待っていて』

「うん。待ってるよ、待ってるから」

 私はスピーカー越しに、九条くんの面影を思い浮かべながら、言った。

「頑張って、まあくん」

『ありがとう、理恵。必ず帰るから……』

 そして九条くんは、私との会話を終えて羽田管制との交信に集中し始めた。

 風間さんが交信に耳を傾けながら、私たちにも状況を説明してくれる。

「九条君は『05』でアプローチするつもりです」

 滑走路『05』、つまりD滑走路を南西方向から着陸する気だ。

「なぜA滑走路やC滑走路にしなかったのでしょう?」

 大型機の離着陸には普通、3,000メートルを超えるA滑走やC滑走路が使用される。
 D滑走路は2,500メートルで、2割ほど短い。

「もしもの事態を、考えてのことだと思います」

 風間さんが言った。

「A滑走路、C滑走路を使うには、陸地の上を横切ったり旋回しなければなりません。九条くんはそのリスクを避けたのでしょう。彼はわざわざ南に大廻りして、海の上を伝いながら東京湾に入ってきました。それと──」

 風間さんは、またためらいがちに、

「万が一着陸に失敗した場合、D滑走路は海に突き出た形になっています。地上や建物にぶつかるより、海に落ちた方が生存確率は上がりますから」

 私は血が凍る思いだった。

 着陸に失敗した場合、せめて海に落ちれば乗客の大半は助けられるだろう。
 でも、コクピットに閉じ込められている、九条くんは──。

 7028便が近付いてくる。
 私は唇を噛んで、窓の向こうの紺色の空を見つめた。
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