虹色 TAKE OFF !! 〜エリートパイロットは幼馴染み〜
藤堂社長は沈痛な面持ちで口をつぐむと、やがて再び、語り始めた。
「あの日、私はホノルル発羽田行きに乗務していて、九条は私より先にシカゴを離陸して太平洋上を飛行していた。事前のプランでは、九条は私の50分ほど後を飛行する予定だったのだが」
藤堂社長はまた言葉を切り、そして語り始めた。
「私の便は荷物の積載に手こずって、離陸が30分ほど遅れた。その時点で、予感はしていたんだが」
藤堂社長は、自嘲気味に笑った。
「案の定、旅程の半分ほどで、九条機に追いつかれてしまった。まだ20キロ程度の開きはあったが、飛行中のジェット機同士では目と鼻の先だ」
「あの……、なぜ九条さんのお父さまの方が、藤堂社長より速かったのでしょう?」
明日美ちゃんが、おずおずと訊いてきた。
「それがパイロットの差なんだよ」
藤堂社長は、微笑んだ。
「九条は、操縦技術も凄かったが、風を見るのが抜群にうまかった。ほとんど動物的な勘で最適ルートを割り出して、それが外れたことは一度もなかった」
九条くんは、正隆おじさんの在りし日の姿に、静かに聞き入っている。
「それに九条は性格も穏やかで、皆に愛されていた。副操縦士も航空機関士も、アテンダントたちまで、皆が九条の機体に乗りたがったよ。一方の私は──」
藤堂社長は、溜息混じりに、
「父の肩書のおかげで、いわくつきのパイロットをあてがわれることがあった。その日、私の横に座っていたのは富永という男で、父親が政治家と言うこと以外なんの取り柄もない、口を開けば女の話と、父親と家柄の自慢だけという問題児だった」
「その、富永って……」
口を挟む紫月さんに、答えたのは直人さんだった。
「ああ、今の調達本部長の富永だ。親父は政権党副幹事長の、富永元志」
「ああ……、なんでそんな奴等ばっかり……」
紫月さんが頭を抱えた。
藤堂社長は、微かに苦笑を浮かべて、
「私は多分、悪意を持つ者から見るとつけ込み易く映るのだろう。その挙げ句の、社長だ」
そして藤堂社長は、言った。
「それと、富永の後ろには、中村というベテランの航空機関士が座っていた。中村さんは歴30 年のベテランだったが、転換試験に落ちて、退職が決まっていた」
「……」
「そのクルーで、私は運命の刻を迎えた」
窓際のカーテンが、エアコンの風を受けて、静かに揺れていた。