虹色 TAKE OFF !! 〜エリートパイロットは幼馴染み〜
「唖然とする私たちに、富永は血走った目で喚いた。いいですか、ここでは何も起きなかった、僕たちは何も見なかった、それでいいんだ、と」
「……」
「富永は重ねてこう言った。僕の言うとおりにすれば、父を通じて国会に働きかけて、大日本航空に追加融資させます。大日本航空だけじゃない、国内の航空会社には全て、と。あなた方が黙っていてさえくれれば、日本中の航空機関士が路頭に迷わずに済むんだ、と」
「なんて、卑劣な……!」
紫月さんが、唇を噛んだ。
「いつもなら、富永の口車などには乗らずに、その場で奴を殴り倒してでも黙らせていただろう。だがその時の私は、どうかしていた。目の前で九条の凄惨な最期を見せつけられて、魂が抜けてしまっていたんだ」
「……」
「私も中村さんも、富永に操られるように、機体を緊急着陸地のミッドウェイ島に導いた。着陸したあと、私たちにはもう、考える気力も、動く力も無かった」
明日美ちゃんが、
「酷すぎ、ます……」
そう呟いて、直人さんの袖を掴んだ。
「後に日本に戻ってから、私は自らの過ちに気付いたが、もはや手遅れだった」
藤堂社長は、語り続ける。
言葉を重ねるごとに、藤堂社長の皺が深く刻まれていくようで、痛々しくて見ていられない。
「閣議決定で航空機関士の配置転換に国の補助金が振り込まれて、政策銀行より低利での融資も受けられた。それで多くの航空機関士たちが救われたのは事実だが、それと引き換えに、道理も正義も喪われてしまった。社内には上に媚びへつらう者どもが跋扈し、心ある社員はいたたまれずに、会社を去っていった」
「……」
「もうとても、真実を言い出せる状況では無かった。私は、九条に事故の責任が押し付けられて、それで君と瑠美さんが追われるように全国を転々としていくのを、ただ黙って眺めていることしかできなかった」
九条くんは藤堂社長の告白に、黙って耳を傾けている。
私は九条くんの右手に重ねた自分の左手に、力を込めた。