虹色 TAKE OFF !! 〜エリートパイロットは幼馴染み〜
支配
もう2年も前のことになる。
私は勤めていた山井商事の、第二事業部の田村部長の元に一人で呼び出されていた。
「この発注書はどういう事なのかね、早川くん」
私は唇を震わせながら、自分が作成した発注書の項目を見下ろしていた。
海外の資材会社から国内のメーカー向けに発注した鋼材の量が、一桁間違っている。
(そんな、どうして……。何度もチェックしたのに……)
典型的な発注ミスだった。
「どうする気だね。もう書類は決裁されて、先方では荷積みした船が既に出港してこちらへ向かっているそうだ。今更キャンセルはできんぞ」
もう手遅れだった。
「すみま……せん……」
謝って済む問題じゃない、自分でも分かっていた。
莫大な資金が動き、多くの人の手を経て、契約は実行されつつある。
企業と企業の間を仲立つ商社に、間違えましたは許されない。どれだけの損が予想されていても、最後まで履行するのが商社の使命だった。
過剰発注の処理は商社が被るしかない。仮にこれが損益となった場合、いったいどれだけの金額になるのか……。
私は目の前が真っ暗になって、今にも倒れそうだった。
そんな私に、田村部長の落ち着いた声が降ってきた。
「早川くん、安心したまえ。このことはまだ私しか把握していない」
涙に濡れた目を上げると、田村部長は穏やかに微笑んでいるようだった。
「すぐに他のメーカーに打診して、余剰分の買取りが可能か確認しよう。他部門のサプライチェーンに臨時で割り込ませるのもいいかもしれない。それでも余る分は、系列倉庫に一時保管して、資材価格の上昇を待って転売するのもいいだろう」
「田村……部長……」
私は地獄の底で、救世主に会ったような気がした。本気でそう思っていた。
「でも早川くん。そのためには、君の協力が必要だ。お願いできるね」
田村部長は優しげな笑みを浮かべていた。
「ありがとうございます。私で良ければ、ぜひお手伝いさせてください」
何も知らずに深々と頭を下げた私を、田村部長はどんな気持ちで眺めていたのだろう。
その日から少しづつ、私は気付かないうちに、田村部長に支配されていった。