世界が私を消していく
真衣たちと話す前にちゃんと英里奈の本音を聞きたいと思っても、教室だと変に注目を浴びてしまう。
メッセージを送ろうか、それとも電話をしようかと悩んでいると、日曜日の夜に英里奈からメッセージが届いた。
『明日の朝、話があるから二階にある視聴覚室の前に来て』
絵文字もスタンプもなくて素っ気なく、私と英里奈の今の距離が文面に出ている気がする。それでも話せる機会を得ることができて、私は胸を撫で下ろした。
翌日、いつもよりも少し早く家を出て、英里奈との待ち合わせ場所である二階の視聴覚室の前で足を止める。
『着いたよ!』とメッセージを送ると数分後に英里奈がやってきた。
「連絡くれてありがとう」
話しかけても英里奈は無表情のままで、白いカーディガンのポケットに手を入れて壁に寄り掛かる。普段とは違う様子の彼女に戸惑いながらも、私は最近のことについて謝罪した。
「英里奈、ごめんね」
けれど、英里奈はなにも言わずにただ私のことを見つめている。
流されて距離を置いた私に怒っていてもおかしくない。だけど怯まずに思っていることを今伝えないと、私たちの関係はここで終わってしまう。
「仲間外れにしたいわけじゃなかったの」
ふっと力なく英里奈が口角を上げた。
「そうだよね。紗弥って自分からはそういうことしないもんね」
「……できれば英里奈の気持ちとか考えを聞かせてほしい」
緊張で声を震わせながら口にすると、英里奈が深いため息を吐いて、顔を顰めた。
「私の気持ち? 本当に聞きたいの?」
「……うん」
「なら、そうやっていい子ぶるのやめてくれない?」
想像もしていなかった発言に、私は言葉を失った。
「紗弥はさ、自分は悪者にはなりたくないから都合よく周りに合わせてるよね。それに内心私のこと見下してるでしょ。……まあそれは、由絵も真衣も一緒か」
「っ、そんなことしてない!」
咄嗟に否定すると、英里奈は涙を浮かべながら私を睨みつける。
「私、紗弥のいい子ぶってるところが嫌だった! 平和主義で人のこと悪く言いたくないって感じ出してて、でもいつも本音隠してるからなに考えてるのかわからない」
「え……」
「だから紗弥といると苛々すること多かった」
揉め事が起こる前から、英里奈は私のことを〝嫌がっていた〟。
その事実を突きつけられて、足が崩れ落ちそうになる。
今まで私に向けられていた英里奈の笑顔が偽りだったの?
悲しいという感情だけでは言い表せないほどの、衝撃や虚しさが襲ってきて、目に薄い膜が張っていく。
「私が真衣と揉めたこと未羽に話したでしょ」
その言葉に私は目を見張る。
「……っ、なんで言いふらすようなことするの?」
英里奈の件で悩んでいることは未羽も知っているけれど、具体的に誰となにがあったのかまでは未羽は知らないはずだ。
「紗弥は単なる雑談として言ったのかもしれないけど、バレー部で真衣と揉めたってことが、大げさな内容になって広まってるんだよ」
「ま、待って英里奈」
「人の好きな人を奪いたがるとか、一条くんと不釣り合いだとか、真衣の真似していいね稼ぎしたいだけだとか聞こえるように悪口も言われて、みんな素っ気なくて、帰りも私だけ置いていかれるの。昨日なんてまだ更衣室にいたのに電気消されて……こんなのいじめだよ」
「未羽にはクラスで揉め事があるとは言ったけど、なにがあったのか詳しく話してないよ!」
慌てて事実を告げると、英里奈の唇がゆっくりと動いた。
「嘘つき」
静かな怒りを含んだ低い声が耳の奥から、全身に駆け巡る。私はまるで金縛りにでもあったように、指一本すら動かせなくなってしまった。
「私と真衣が揉めた理由も全部誇張して話したくせに。口が軽い紗弥のせいで、私がどれだけバレー部で居辛くなったかわかる?」
未羽にそこまで話していない。それなのにどうして私が全て話したことになっているのだろう。
「それにこないだ紗弥が一条くんと話してたたとき、こっちを見てることに気づいて、言いふらしてるんじゃないかって怖かった」
「ちが……っ、言いふらしてなんかないよ!」
「私もう、紗弥の言葉を信用できない」
一条くんと話したのだって、時枝くんに教科書を渡してと言われただけ。英里奈のことを話していないし、目があったのだって話終わった後だ。
だけど、なにを言っても今の英里奈には私の声は届かず、信じてくれない気がした。
無言のまま立ち尽くしている私に、英里奈が涙目になりながら、辛そうな表情で訴えてくる。
「全部紗弥のせいだから」