世界が私を消していく


そして翌週の月曜日、バレンタインデー当日。


自分の部屋の机に並んでいる箱を眺めなから、私は深くため息を吐いた。

こんな状況で友達にチョコレートをあげることはできない。だけど、英里奈ならこっそりと渡せば貰ってくれるかもしれない。


タイミングがあるかはわからないけれど、英里奈用にチョコレートの箱をカバンに入れておくことにした。


同じ色のラッピングがされた箱が並ぶ中で、ひとつだけ青いリボンでラッピングされた箱が目に留まる。時枝くんの顔が思い浮かび、手に取った。


私がバレンタインを渡しても時枝くんを困らせるだろうし、誰かに渡すところを見られたら悪い噂として流れるかもしれない。


それでも部屋に置いていったら後悔しそうな気がして、たとえ渡せなくても念のため持っていくことにした。


教室に入った瞬間から、私だけ異質な存在のように白い目を向けられる。

俯きながら自分の席までたどり着き、息を潜めるようにじっとしていた。すると、ブレザーに入れていたスマホが振動した。

SNSの通知が来ていて、疑問に思って開くと私のアカウントにコメントがきていた。


【人のこと裏で書いてたとか最低。消えろよ】

「え……」

灰色の初期アイコンのままの無数のアカウントから攻撃的なコメントをされていて、その中には、裏アカウント〝S〟の情報が貼り付けられていた。


【宮里紗弥の裏垢はこちらw】
【まだ学校来てんの?】
【てか、裏垢で開き直ってんのヤバw】

〝S〟のアカウントを覗くと、誰かと喧嘩しているようなやりとりがあった。


【嘘なんて書いてないのに、なんで責められなくちゃいけないわけ? 捨て垢でつっかかってくんなし】
【散々話聞いてあげてたのに、真衣って本当自己中。周りが合わせてあげてること気づけよ】

小声で「実名で書いちゃうのヤバくない?」と聞こえてくる。


——こんなこと、書いてない。

なのに、どんどん投稿が追加されていく。


【英里奈って部活で居場所なくなっていじめられてることとか、私のせいにしてるし。自分が悪いんでしょ】
【由絵は元彼引きずりすぎ。同じような愚痴聞かされるこっちの身になってよ】

——待って、私こんなこと思ってない!


【英里奈も真衣もさぁ、傷つけないように一条くんの好きな人が私だってこと黙っててあげたのに】

顔を上げると、クラスのほとんどの人たちが私を見ていた。


「ほら、やっぱ宮里さんじゃん」

私がスマホを持っていたため、まさに今投稿していると思われている。

違う、やめて。私じゃない。

慌ててスマホをポケットに仕舞い込む。
なりすましている犯人は、こうなることを望んでいて、わざと人目がある中で投稿したのだろうか。

「紗弥」

英里奈が私の席の前までくると、涙を溜めながら悲しげに見つめてくる。


「あのアカウント、偽物じゃなかったの……?」

私じゃない。そう口にする前に、英里奈が顔を歪めた。


「部活のこと話したの紗弥だけだよ」
「ち、違う、私……」

顔を手で覆って肩を震わせている英里奈を呆然と見つめていると、誰かが「可哀想」と言ったのが聞こえてきた。


「英里奈、」
「……もう話しかけないで」

私を睨みつけると英里奈は、前髪あたりを手で押さえて泣き顔を隠すようにして席に戻っていく。

すぐに真衣と由絵に話しかけに行っているのが見えた。英里奈が泣きながらなにかを話すと、真衣と由絵が目を丸くした。そして三人の視線が一気に私へ集まる。


自分のことを話されているのだとわかり、恐怖で身体が震える。

英里奈は私のことを信じてくれていたのに、その信用すら失ってしまった。

誰が私のフリをしているの? 本当に嘘をついている人は誰?


席を外していた時枝くんが教室に戻ってくると、近くにいた男子に「なに、なんかあったの」と聞いている。


時枝くんには知られたくない。言わないで。そんなことを口に出せるはずもなく、一連の騒動を見ていた男子が時枝くんに耳打ちする。

「宮里の裏垢」と「山崎が泣いてて」と途切れ途切れに聞こえてきて、全てを話されているのだとわかり、頭が真っ白になる。





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