世界が私を消していく
とにかくこの場所から離れたくて、顔を隠すように俯きながら学校を出た。
授業をサボるのも、無断で早退をするのも初めてだった。あとで家に連絡が行くかもしれない。そしたら親にも知られてしまう。だけどあのまま教室にいたら、心に限界がきていた気がする。
早歩きでいつもの道を進み、まだ空いている電車に乗り込む。
気を抜いたら、涙がこぼれ落ちてしまいそうで、私は座席に座りながら耐えるように膝の上で拳を握っていた。
今まで楽しかった空間が、こんなにも変わってしまうなんて。
なりすましの人の悪意が膨張して、周りに浸透していっている。
〝S〟というアカウントに貶された人たちの怒りと、便乗して聞こえるように陰口を言ってくる人、傍観者たちの軽蔑の眼差し。アカウントにくる匿名の攻撃的なメッセージ。
学校に私の味方なんてひとりもいない。
十分ほど電車に揺られて、自分の家の最寄り駅までたどり着いた。
改札を出ると、行き先に困って立ち止まる。
……どうしよう。勢いでここまできてしまった。
早退してしまったため、このままだと普段よりも帰りが早くなってしまう。お母さんに不審がられるかもしれないので、家に帰るのは憚られた。
ここに改札近くに立っているわけにも行かず、持て余した時間を潰すために、あまり行かない道を通ってみる。見えてきたのは木々が生茂る参道だった。
おばあちゃんが生きていた小学生の頃は、時々お参りにきていた。
『紗弥ちゃん。ここにはね、水の神様が祀られていて桜が咲く時期に神様が雨を降らすのよ』
おばあちゃんがよく話してくれたことを思い出す。
ある女性のことを想って、水の神様が雨を降らすという恋物語だった。
それを何度も目を輝かせながら私は聞いて、ここへくるたびに水の神様は今日はいるのかなとおばあちゃんに聞いていた。
実際近所で桜祭りがある日は朝や昼間に雨が降ることが多かった。
高校生となった今では、よくある春雨だと思うけれど、あの頃は本当に神様がいるのだと信じて疑わなかった。
幼いときはいろんなことを信じていた。けれど成長して、次第に疑うことや素直に信じられないことが増えていったように感じる。
もしも私じゃなくて、英里奈や真衣、由絵がこの状況になっていたら、疑っていたと思う。否定すればするほど、怪しいと警戒していたはずだ。
誰かを信じることも、信じてもらうことも、簡単ではないのかもしれない。
参道を進みながら辺りを見回す。久しぶりにきたけれど、ここは変わっていない。静かでまるで世界から切り離された特別な場所のように感じる。
高い木々が地面に葉の影を落とし、風が吹くたびに揺らめく。
空気が澄んでいて、ここでなら学校の息のしづらさをほんのひとときだけでも忘れることができて、今は自由に呼吸ができる。
ふと授与所が目に留まり、近づいていく。
おばあちゃんがここの御守りをいつも大事に持っていたっけ。
そんなことを考えていると、ガラス越しに中にいる巫女さんと目が合った。そしてガラス戸が開けられて、微笑まれる。
「こんにちは」
優しい声色で挨拶をされて、私は「こんにちは」と返して頭を下げた。
「なにかお探しですか」
歳は二十代前半くらいに見えるけれど、話し方がゆったりとしていて落ち着いている。
「えっと……」
「先ほど、探しているように見えたので」
長い黒髪を一つに括っている巫女さんは、大きな瞳で私を見つめてくる。
もしかしたら懐かしさに浸って周囲を見渡していたので、探し物をしていると思われたのかもしれない。
「いえ、ここにくるの久しぶりで」
巫女さんの前に並んでいる数種類の御守りと、鈴がついたキーホルダー。その中に、小さな鈴がついている桜のキーホルダーを見つけた。小学生のときに、お正月にここへきたときお年玉で購入したことがある。
そして桜のキーホルダー以外にも、同じモチーフで髪留めがあった。
おばあちゃんが昔使っていたものと同じで、懐かしさとともにもう会うことができない寂しさを久しぶりに感じた。それ以外にも、お札や矢のようなものが並ぶ中、ひとつだけ異質を放っているものを見つけて、指を差す。
「これって、なんですか?」