世界が私を消していく
クラスメイトたちの一挙一動に怯えて、考え込んでいる間に朝のホームルームが終わった。ひとつも内容が頭に入ってこなかった。
「先生、また変なジャージ着てるし〜」
真衣が先生のジャージを指摘すると、教室が笑いに包まれた。
丸みを帯びた頬に、フレームの細い眼鏡の奥は目尻が下がっていて優しげな顔立ちの先生は、生徒から好かれている。それは接しやすいという理由以外に、着ているジャージにいつも癖があるため、よくいじられているからだ。
「このジャージかっこいいだろ」
筋肉の絵が描かれたジャージを見せつけるようにして仁王立ちした先生を女子たちがスマホで写真を撮って笑っている。和やかな雰囲気の中、私は笑みを作ることもできず、存在を消すようにして俯いていた。
先生が教室を出る直前に、「今日の日直は、この間集めた英語のノートを取りにきてくれ」と言った。
そして誰だったかと、先生が黒板に書いてある日直の名前を確認する。
「えーっと……みや、さと?」
先生は初めて口にする名前かのように私を呼び、教室をぐるりと見渡した。
「……宮里は、いるか?」
黒板に書いてある日直の名前が間違いかのように、先生には困惑の色が顔に浮かんでいる。
「はい」
躊躇いつつも手をあげると、周囲の視線が一気に私へと集められる。けれどそれは昨日まで感じていた敵意を含んでいる不快感のあるものではない。
だけどそれすらも、みんなの演技なのかもしれない。
それに先生でさえ、私を知らないフリをしているように感じる。昨日電話で昼休みに話がしたいと言っていたはずなのに、そのときとは態度がまるで違った。
「あんな子いたっけ?」
誰かの声が聞こえてきた。
そんなこと普通なら思うはずがない。約一年間一緒の教室にいたのに。
単に私の影が薄くて知らないという理由ではない。昨日まで私はクラスで悪目立ちしていた存在なのだから、知らないなんてありえない。
「話したことないや」
「私も。……不登校だったとか?」
そんな会話をしているのは二学期に席が近かった子と英里奈だった。
背後から突き落とされたような衝撃を受けて、目眩がする。英里奈が私のことを知らないはずがない。
きっと私が登校する前にみんなで打ち合わせでもしていたのかもしれない。
覚えていないかのように振る舞って、私の反応を見て内心楽しんでいるんだ。
もうやめて。放っておいて。声を上げたいのに勇気が出ない。
先生は目を瞬かせて私を見ると、すぐに作り笑顔になり「職員室まで頼むよ」と言って教室から出て行った。
職員室まで行き、先生の机に積み上げられている英語のノートを受け取る。
先生はあの教室の雰囲気をどう思ったのだろう。違和感について、先に話しておいた方がいいだろうか。
「先生」
先生はキャスター付きの椅子に座ったまま、私のことを見上げた。
「昼休みに話をする件なんですけど……今日少しみんなの様子が違っていて」
「話?」
きょとんとした顔で瞬きをしている先生は、初めて聞いたことのように振る舞っている。
「約束、しましたよね?」
「……ごめん、なんの話をする約束だったかな」
先生はふっくらとした頬にシワを刻んで、笑みを浮かべた。
突き放されたような気がして、膝から崩れ落ちそうになる。
「え、大丈夫か?」
私は視線を落として「なんでもないです」と言って、英語のノートを抱えながら慌てて職員室を出る。
今朝の教室の空気を読んで、先生は私の件に触れるのをやめたのだろうか。だけど、約束のことを知らないフリまでするなんて思わなかった。