世界が私を消していく
教室に戻り、恐る恐る英語のノートをみんなに配っていく。
どんな反応をされるかと怖かったけれど、誰も嫌な態度をとってこなかった。
私には関心がないかのようにお礼だけ言って受け取る人がほとんどで、不思議そうに見てくる人が数人いたくらいだ。
あんなに私のことを嫌がっていた真衣や由絵、英里奈も普通に受け取ってくれた。
本当にみんな私のことを忘れてしまっているみたいだ。
そんなはずないのに、今までの記憶が消えてしまっているかのように錯覚してしまいそうになる。だけど、あんなことがあったのだから、このまま終わるような気もしない。これから一体私の身になにが起こるのだろう。
私の不安とは裏腹に、この日は驚くくらい平和に過ごしていた。
誰も話しかけてこないし、噂話も一切聞こえてこない。知らない人として扱われていることに胸が痛んだけれど、誰からも敵意を向けられないというのは、こんなにも心穏やかなのかと感じた。
帰りのホームルームが始まるのを待つ間、私のスマホにメッセージが届いた。好きなお店からの最新情報の通知だった。タップしていくと、トークルーム一覧に違和感を覚える。
私だけが退出していなかったトークルームが消えている。それに個別のトークルームも見当たらない。自分で消さないとなくなるはずがない。
——あれ?
アプリに登録されている連絡先を見てみると、両親以外の学校の友達の名前が全てなくなっていた。
スマホがおかしくなったのだろうか。そんな不安に陥りながらも、念のためカメラロールも開いてみる。
真衣たちと撮った画像だけが消えていて、学校以外で撮った画像は残っていた。
スマホの故障にしてはおかしい。真衣たちに関することだけが消えている。
けれどずっとスマホはブレザーのポケットにいれていたはずなので、誰かにいじられたという可能性もない。
困惑を隠せず、手が滑ってスマホが滑り落ちてしまった。慌ててしゃがみこんでスマホを拾って、私はそのまま蹲った。
今日のみんなの反応といい、私の知らないところでなにかが起こっているような得体の知れない心地悪さを感じる。
「大丈夫?」
声をかけられて顔を上げると、目の前の席に座っている時枝くんが心配そうに私を見ている。そして黒板に書かれた日直の名前をチラリと確認してから、再び私に視線を戻す。
「〝宮里さん〟」
心臓が激しく波打ち、空気が漏れた唇が微かに震えた。
帰りのホームルームが終わって、私は逃げるように学校から出た。
私のスマホの中からは友達の連絡先も、思い出の写真も全て消えてしまっている。
それに時枝くんのあの呼び方。
私のことを〝宮里さん〟と呼んだのは、四月頃だけだった。
それに名前を呼ぶときだって、日直の名前をちらりと見てから呼んでいて、本当に私の名前がわからないかのようだった。
最初はクラスのみんなでわざと私を知らないフリをしているんだと思っていた。だけど、時枝くんがそんなことをする人には思えない。
クラスで揉め事があるときも、加担するような人じゃない。
……なりすましの件は、私が無実だって信じてはくれていなかったのかもしれないけれど。それでも何度も声をかけてくれようとした。
だから、この状況はなにかがおかしい。