世界が私を消していく
家の最寄り駅に着くと、走って向かったのはあの神社だった。息を切らしながら境内を進み、突進するような勢いで授与所へとたどり着く。
「っ、すみません! 聞きたいことが……」
喉に痛みと唾液が詰まり、咳き込んでしまう。
「あら、大丈夫?」
昨日と同じ巫女さんが驚いたようにガラス戸を開けてくれた。
「随分と急いで来たのね」
そう言われて、慌てて身なりを整える。わき目もふらずに走ってきたのでコートも髪も乱れていて、マフラーも首にかけている状態になっている。汗が滲んだ額には前髪がべったりとくっついていた。
冬なのに頬が蒸気して暑い。巫女さんは風邪ひかないように汗を拭いてと、ハンカチを手渡してくれた。
「……ありがとうございます。すみません、いきなり押しかけて」
「いえ、お気になさらないでください」
ハンカチで軽く汗を拭ったあと、私は少し気持ちを落ち着かせて気になっていたことを聞いてみる。
「私のこと、覚えていますか?」
きょとんとした表情で目を瞬かせながら、巫女さんが首を傾げる。
「ええ。昨日、レインドームをご購入されましたよね」
私を覚えていてくれる人がいて安堵した。やっぱりあのレインドームの力ではなかったのかもしれない。
いやでも、私が願ったのは……学校の人たちが〝私のことなんて忘れちゃえばいいのに〟だ。
「そのレインドームのことなんですが、本当に願いを叶える力ってあるんですか」
半信半疑で聞いてみると、巫女さんは目を細めてからにんまりと口角を上げる。
「それは持ち主次第ですね」
子どもの戯言だと笑われるか、困らせるだけかと思っていた。けれど、予想とは違い、含んだような笑みに私は体が粟立つ。
「必ずしも願いが良い方向へと作用するわけではありません」
「……それって、どういうことですか」
「人と神様との常識は異なりますので」
本当にレインドームの力なら、願ったことによって、私が恐れていた周囲の視線や嘘からは逃れられた。けれど、仲違いする前の真衣たちとの思い出や、時枝くんと話した日々が一緒に消えてしまった。
私は前みたいに戻りたくて願ったけれど、都合良く成就するわけではないということだ。
「そろそろ雨が降りますよ」
巫女さんの言葉に私は空を見上げる。先ほどまで晴れていたはずの淡い水色の空を灰色がかった雲が覆っていた。
冷え切った真冬の風が頬を掠めて、身震いをする。汗をかいたので早く着替えないと風邪をひきそうだ。
「そのハンカチは差し上げます」
「え、でも」
巫女さんが軽く頭を下げると、ゆったりとした口調で言った。
「ご加護がありますように」