世界が私を消していく


それから翌週になっても忘れられたままの状況が続いた。

私はこの現象を〝透明現象〟と名付けた。

学校の人たちは、毎日私に関する記憶がリセットされて、消えてしまう。

安堵する思いがあるものの、時枝くんに忘れられてしまっているという事実と向き合うことが怖い。今までの思い出すべてが最初からなかったことになってしまった。

それに話しかけても、翌日には忘れられてしまう。それならもう思い出を作りたくない。誰とも接することがなければ、私は傷つくこともなく平穏な日常を過ごせる。

けれど学校外の繋がりの家族や近所の人は、私のことを覚えているようだった。

そしてもうひとつわかったことは、真衣と由絵が英里奈と話すことはなかった。むしろ以前のように敵視しているようにも見える。


英里奈と真衣たちの関係が修復したのは、私のなりすまし裏アカウントがあったからだ。もしかしたら私に関することが消えてしまったので、仲直りのきっかけもなくなったのかもしれない。


英里奈は近くの席の子と話すようになっていて、別の居場所を作り始めていた。その子たちは真衣と由絵のことをよく思っていないのか、真衣たちの言動に対して小馬鹿にしたようにこっそりと笑っている。


「てかさ、よく英里奈も真衣や由絵と一緒にいたよね。今まで仲良かったのに急にハブるとか、マジないわ」

教卓のところにプリントを提出しにいくと、聞こえてきた会話に無意識に耳を傾けてしまう。

「あれは……私も悪かったから」

英里奈は落ち込んだ様子で、悲しげに俯いてしまう。


「でも今はひとりじゃないから、大丈夫。本当にありがとう」

真衣たちを嫌っている子とあえて仲良くしているように見えて、なんとも言えないモヤモヤとした感情が芽生えていたけれど、今の英里奈にとって唯一の居場所なのかもしれない。

宥めるように英里奈の肩を軽く叩いた子が廊下側を見て、「うわ」と声を上げる。

「今、由絵がこっち睨んでた。てかさ、由絵って中学の頃から結構トラブル多かったらしいよ」

英里奈だけに聞こえるように声を潜めたので詳しくは聞こえなかった。けれど、火種は様々なところから生まれていく。

真衣たちの怒りの対象が私から英里奈に戻っていることや、英里奈に拒絶された出来事が消えたことに安堵感を抱いてしまう。

あのままだったら私は耐えきれず壊れてしまっていた。けれど、自分でなければいいという醜い感情を抱いている自分も嫌でたまらなかった。


帰ろうとして廊下を歩いているときだった。


「うわー、雨じゃん! せんせ―! 練習中止〜?」

開いている窓の外から声が響いてくる。

ジャージ姿の女子生徒達が外周をやめて、先生の元に駆け寄っているのが見えた。

大粒の雨が叩きつけるように降り、雨粒が廊下まで入ってきた。慌てて窓を閉めると、バチバチと吹きつける音が鳴る。


置き傘があってよかったと思いながら、ロッカーへ戻ろうと踵を返す。


……あれ?



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