世界が私を消していく
学校へ行って、一年の教室がある階を歩きながら、すれ違う女子に注意を払っていく。けれどピンとくる女子はいない。
同じクラスの女子だったのだろうかと考えたが、その線は薄そうだ。いくらなんでも二月になっているのに名前と顔すらわからないクラスメイトがいるはずがない。
人に聞けるほどの情報もないため、探すに探せない。一日でこんなにも顔を忘れてしまうものなのかと、自分の記憶力の低さに呆れてしまう。
それにあの女子が明日には忘れると言ったのは何故だ。
人に覚えられにくいと自覚でもしていたとか?
疑問ばかりが頭に浮かんだだけで、結局なにも思い出せなかった。
「おはよー、清春」
廊下の窓から校門を通ってくる生徒を眺めていると、勢いよく体が揺れる。誰か確認しなくても、大方予想がついた。
「はよー」
中学から一緒の一条拓馬が、俺の肩に手を回して、「なになに? 誰見てんの?」と興味津々で聞いてきた。
腕を引き剥がして、隣に立つ拓馬を横目で見る。
派手な金髪で制服も着崩しているため、一見近寄り難い。けど性格が明るくて人懐っこい拓馬は交友関係が広い。
もしかしたら、あの人のことを拓馬なら知っているかもしれない。
「人探してるんだけどさ」
「まじ! 清春が? どんな女の子!」
詳しく話していないのに女子だと決めつけている拓馬に呆れつつも、淡い期待を込めて答える。
「黒髪」
「は? それだけ?」
「一年女子」
「いやだから、それ以外にもっと具体的な情報は?」
そうは言われても、思い出せないのだから仕方ない。
「どんな顔? 名前は?」
「わかんない」
「話になんねー」
俺も「だよな」と苦笑してしまう。情報が少なさすぎる。
一年女子で黒髪。あとは紺色の傘を貸してくれて、そこに桜の形の鈴がついていた。
わかるのはそれくらいだ。
「で、なんで顔も名前もわかんねーのに探してんの?」
「……傘、返したくて」
拓馬の顔が引きつる。人から傘を借りたなら、顔と名前くらい覚えておけよとでも言いたげだ。
「なんで覚えてないのか、自分でもわかんないんだよ」
「それいつ借りた傘?」
「昨日」
「はぁ? それなのに忘れた? 女の子の顔を? うわ、やばっ」
拓馬みたいに女子の顔と名前は一度話せば覚えるような特技はないけど、さすがに俺も自分の記憶力には引っかかる。
「なんか変なんだよな」
「変に決まってるだろ。普通親切にしてくれた女の子の顔忘れるか?」
「いや……よくわかんないんだけど、記憶にもやがかかってるみたいな感じでさ」
拓馬は哀れむような表情で俺を見ながら、軽く肩を叩いてきた。
「疲れてんだな」
そういうのとは違うと反論したくなったものの、俺は面倒なのでそういうことにしておいた。
たぶんあの女子から言われた〝明日にはきっと忘れちゃう〟という言葉を拓馬に話しても、理解し難いに決まっている。
「俺はてっきり清春についに彼女ができるのかと思ったのに」
残念そうに言われても反応に困る。
「拓馬こそ告白とかされてんのに全部断ってんだろ」
「俺はいーの。一途なんで」
「……常磐先輩も厄介なやつに好かれたよな」
拓馬は中学の頃からひとつ上の先輩のことをずっと思い続けている。