世界が私を消していく

昼休み、私たちは食堂の隅っこの席を確保して、昼食を取っていた。週に一度、こうして四人で学食ランチが定番になっている。

「ん〜、スフレ最高〜!」

目の前に座っている真衣は、たっぷりと生クリームとチョコレートソースがのったスフレを食べながら、幸せそうに笑みを浮かべた。

「真衣、それ好きだよねぇ。一日限定十食だから勝ち取れてラッキーじゃん」

隣から羨ましそうな声が聞こえて見やると、由絵が真衣のスフレを眺めている。甘いもの好きの由絵が今日はスフレじゃなくて、うどんを頼んでいるのが意外だった。


「このふわふわ感が好きなんだよね〜。まだ残ってたし、由絵もこれにすればよかったのに」
「私太りやすいから……今ダイエット中なんだよね。真衣は元から細くていいなぁ」

表情を暗くした由絵がため息を吐いた。そういえばお正月太りで二キロ増えてしまったと嘆いていたっけ。

真衣は返答に困ったような様子で、スフレを食べている手を止める。

由絵だってじゅうぶん細い。だけど体型を気にしている由絵にそんなことを言っても、お世辞として受け取られるかもしれない。

どう反応するべきかと迷っていると、英里奈が「みんな細いじゃん!」と声を上げる。


「私なんて、筋肉質だよ! ほら、見て」

ぐっと二の腕に力を入れると、英里奈は目の前に座っている由絵に触(さわ)らせた。すると由絵が目を大きく見開いて「本当だ!」と噴き出す。


「英里奈って全然筋肉質に見えないのに、さすがバレー部」
「筋トレ、中学の頃からしてたらこうなっちゃって。由絵も私と一緒に筋活する?」
「やだ! なにそれ!」

空気が一気に変わって、和やかになったのがわかり、私はほっと胸を撫で下ろした。

こうやっていつも英里奈が場の空気を楽しくしてくれる。真衣とはまた違った形のムードメーカーだ。



「ね、そういえば遥ちゃんと一条くんの話聞いた?」

英里奈がカレーを食べていたスプーンを置いて、声を潜める。
すると真衣が「なになに」と興味を示した。


「一条くんに告白して振られたんだって」

英里奈は相変わらずの情報通。ネットで話題のお店やコスメに関することだけではなく、学校内の人間関係にも詳しい。


「え! あの遥ちゃんでも一条くんダメなんだ?」

驚く由絵に対して、真衣は顔色ひとつ変えずに「だろうねぇ」と呟いた。

「一条くんってかわいい子に告白されても全部断るらしいよ〜。なんか噂によると好きな子いるからって」

一条拓馬くんは隣のクラスの男子だ。派手な金髪に猫のような大きな目が特徴的で、愛嬌があり整った容姿をしている。

そして振られたという遥ちゃんは、一条くんと同じクラス。くっきりとした二重のかわいい顔立ちで、小柄な女子だ。


「それに遥ちゃんってあざとい系じゃん? 一条くんとか苦手そう」

由絵が声のトーンを下げて、真衣の顔色をうかがうように見やる。すると真衣はなんともいえない表情で頷いた。


「バレー部でもさ、隣が男バスの日だとちょっとあれなんだよね……」
「え、あれってなに?」

英里奈が濁しながら話すと、今度は由絵がずいっとテーブルに身を乗り出して食いつく。

「声があからさまに高くなったり、男バスの先輩たちに練習中に手振ったり声援送ったりしてて、女バレの先輩たちに睨まれてるっていうか。周りもフォローが大変で」
「うわー、想像つく! あの子空気読めないもんね。てか男バスの先輩も狙ってんの? そんなんだから本命に振られるんじゃない」

遥ちゃんに対してあまりいい印象を抱いていない様子の英里奈と由絵に対して、真衣は便乗しないものの苦笑しながら聞いている。


悪口を楽しそうに話している空気に、私はなにも言えなくなってしまう。

遥ちゃんのことは、きっと同じバレー部の英里奈の方がよく知っているんだと思う。でも遥ちゃんと話したことがあるけれど、嫌な印象を抱かなかった。


たった数回話しただけで、すれ違うと声をかけてくれたり手を振ってくれる。男子だからとかそういう理由よりも、誰に対しても分け隔てなく接する子なのでは? 

そう思っても、口に出してしまえば空気が凍りつきそうだ。


「あ……そういえば遥ちゃんって髪型、変えたよね」

別の話題がうまく思いつかなくて、咄嗟に最近遥ちゃんが髪を切ったことを口にする。由絵と英里奈が目を丸くして話を止めた。


「あれじゃない? 失恋して髪切る的な?」

由絵の言葉に英里奈が「失恋アピール?」と馬鹿にしたように笑う。

話題逸らしに失敗をして、燃料を投下してしまったかもしれないと、血の気が引いていく。

すると真衣が、私を見てにこっと微笑んだ。


「遥ちゃんって、ショート似合ってるよね〜!」

この反応だと、真衣自身は遥ちゃんのことを嫌ではないみたいだ。

「真衣もショート似合いそう!」

すぐに由絵が声を弾ませながら言うと、真衣が巻いている毛先を指先で持ち上げながら、「そうかな〜」と呟く。


「真衣の髪色もかわいいよね。ソユンちゃんみたい! 美容院で染めてるの?」

英里奈が羨ましそうに真衣のオレンジがかった茶髪を眺める。ソユンちゃんというのは、今SNSで人気の韓国モデルだ。

「自分で染めてるよ〜。アプリコットブラウンお気に入りなんだよね」
「え、どこのメーカーのやつ?」

髪色のことで真衣と英里奈が盛り上がっていると、由絵がテーブルを軽く叩いた。


「一条くん、目立つよね」


由絵の視線の先には、受け渡し口のところに並んでいる生徒たち。その中で一際目を引く金髪の男子生徒は、間違いなく一条くんだ。

けれど私は彼のすぐ後ろにいる黒髪の男子の方に目がいってしまう。


……時枝くんも今日は食堂なんだ。




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