世界が私を消していく


翌日の金曜日は、朝目覚めてスマホに書いていたメモ書きを見たら、私のことを思い出せたと時枝くんが話してくれた。

土曜日も、日曜日も時枝くんはメッセージをくれて、朝起きたらメモを見なくても、すぐに思い出せるようになったらしい。

時枝くんの記憶から私が消えなくなっている。
けれど、〝私に関する全ての記憶〟が戻っていないことは、話していてわかっていた。

時枝くんは私の交友関係を把握していないようで、あのなりすましの件のことも一切覚えていない。

一度は忘れたはずなのに、思い出せたのはどうしてだろう。

もしかして私がレインドームに願ったから?

あの辛い日々から逃れられた歪な平穏に、小さなヒビが入り始めている。

けれどそれを感じながらも、私は目の前の幸せを消したくなかった。


月曜日になり、私と時枝くんは四階から屋上へと続く階段に集まった。

ここはすっかりふたりの待ち合わせ場所になっている。


「宮里の忘れられる現象って、学校限定ってことは学校に原因があるってことだよな。普段とは違うなにかが今月に起こったとか……でも特に二月って行事もないよな」

昼食をとりながら、私は曖昧に返事をするしかなかった。時枝くんは考え込むように、サンドイッチを食べている。

この関係と環境に甘えてしまっている私は、時枝くんの親切心を踏みにじっている。

そのことに罪悪感が広がり、心が重たくなってきた。

いずれは時枝くんも全てを思い出すかもしれない。それなら私から告げたほうがいいのだろうか。けれど、真実を話す勇気が今はなかった。

じっと私を見つめる視線に気づいて、咄嗟に背筋を伸ばす。

考え事をしていたせいで暗い表情になっていたかもしれない。


「ごめん」

突然謝られたことに、なにか誤解させてしまったのではないかと少し焦る。

「えっと、ごめんって?」
「無神経なこと言ったかも。宮里だって、この状況もどかしいよな」

時枝くんは私が忘れられている現象によって辛い思いをして、早く透明現象を解決したいのだと思っているようだった。

私は本心を見抜かれないように、視線を逸らして「大丈夫」と返した。

虚勢なんかじゃない。私の心は、透明現象が起こる前の方が壊れてしまいそうだった。


「放課後、時間ある?」

空気を変えるような時枝くんの明るい声に驚きながらも、特に用事もないため頷く。

「じゃ、一緒に出かけよ」
「えっ?」

さらりと誘われて、心臓が普段よりも速く鼓動し始める。

これはつまり、ふたりきりで学校の外に行くってこと? 私と時枝くんが?

急な展開に戸惑いと緊張、そして嬉しさが心の中にぎゅうぎゅうに詰め込まれていく。どうしよう。動揺して言葉がうまく出てこない。


「嫌?」

私が黙り込んでしまったためか、時枝くんが顔色をうかがうように覗き込んでくる。

だ、だめだめ! 今は顔を見ないで! 絶対赤い! と叫び出したくなったけれど、必死に首を横に振って、嫌じゃないと意思表示した。


「なら、決まり」

この気持ちに気づかれないためにも、火照った顔を隠してしまいたい。けれど、私は時枝くんの笑顔から目が離せなかった。




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