世界が私を消していく


放課後が楽しみに感じたのは、久しぶりだ。

帰りのホームルームが終わると、クラスメイトたちが次々に教室から出ていく。

そわそわとしながら隣を見やると、時枝くんと目があった。


「行ける?」

たった一言。それだけなのに、照れくさくなる。
これから時枝くんとふたりで出かけるなんて夢みたいだ。

私が頷くと、時枝くんが立ち上がる。カバンを手に取って時枝くんの後を追っていくと、廊下で一条くんと鉢合わせた。


「清春、帰んの? 今日うち寄ってかね?」
「悪い、ちょっと用事があって」

一条くんは時枝くんの後ろにいる私に気づき、まじまじと見つめてくる。


「おー……なるほど? そういうことか〜! なんだよ、も〜!」

一条くんが肘で小突くと、時枝くんは鬱陶しそうにそれを払い除けた。


「お前が誤解してるような意味じゃないからな」
「ふーん? 邪魔しちゃ悪いし、先行くわ〜! おふたりさん、またなー!」

にやりと笑った一条くんは、私にも気さくに手を振ってくれた。

その光景に、私はあることを思い出して首を捻る。


「……気を悪くさせたなら、ごめん」

時枝くんが気まずそうに謝罪をしてきた。私がぼんやりとして黙り込んでいたので、なにか勘違いをさせてしまったかもしれない。


「拓馬っていつもああいうノリで」
「あ……うん、大丈夫!」

私が一条くんを見ながら黙っていたのは、会話の内容に困ったわけでも、ノリについていけなかったわけでもない。

なりすましの投稿を思い出したからだ。

一条くんが私を好きで、そのことに私自身も気づいている。そういう投稿があった。


真衣もそれを指摘してきた。
だけど、私は一条くんと今までほとんど会話をしたことがない。

話したことがあると言っても、一緒にいるときに真衣が話しかけて、流れで一言二言かわしたくらいだ。それなのにあの一条くんが私を好きになることなんてあるだろうか。


友達という立ち位置にすらいないほど、ほとんど関わりがなかった。

それなのにどうして、なりすましをした人は私と一条くんに関わりがあるような投稿をしていたのだろう。

一条くん関連の話題は、いつも真衣たちがしていて、私からはしたことがなかった。三人とも裏垢を見るまでは、私と一条くんは顔見知り程度だと思っていたはずだ。

そのため、なりすましをした人は真衣たちではない。そう思っていたけれど……由絵の失恋話や真衣と英里奈の好きな人などが投稿されていた。あのことを知っている人は限られている。

信じたくはないけれど、もしも三人のうちの誰かだとしたら——


「宮里?」

時枝くんに名前を呼ばれて、一気に現実に引き戻される。

「ごめんな。変な誤解させて」
「えっ、あ、違うの! 嫌だったわけじゃないよ!」

咄嗟に返した本音に、時枝くんが目を見開いてから、すぐに柔らかく微笑む。

「ならよかった」
「むしろ時枝くんが周りに誤解されたら……あ、でも私のことみんな明日には忘れるから大丈夫かな」

時枝くんと私が一緒にいて、誤解する人がいたとしても、今日だけのことだ。

それなら今だけは堂々と一緒にいてもいいのかな。
そっと、一歩だけ踏み出してみる。


「……今日はこうして、近くにいてもいい?」

透明現象が起こる前だったら、私は悪い意味で注目を受けていたから、できなかったことだ。

多くは望まないから、どうか今だけはわがままを少しだけ許して。


「今日だけじゃなくたっていいよ」
「え?」

時枝くんの手が、私の手を軽く引いた。身体が前のめりになり、半歩進むと私たちは横に並ぶ。


「隣歩きたくなったら、いつでもきて」

見上げると時枝くんと視線が重なった。
繋いだ手から伝わる体温と、寄り添ってくれるような優しげな眼差しに胸が高鳴る。

「あ、ごめん!」

時枝くんは我に返った様子で、手を慌てて離した。そして、恥ずかしそうに顔を背けてしまう。

「変なこと言ったかも」
「う、ううん。……時枝くん、ありがとう」

頬がほんのりと赤くなっているように見えて、私も頬に熱が集まっていく。
手が離れてしまったことが名残惜しくて、指先の熱を逃さないように、自分の手を握りしめた。

ロッカーまで行くと、授業で使った教科書やノートを仕舞ってコートを取り出す。準備を終えると、すぐ傍の柱に寄りかかるようにして時枝くんが立っていた。


「お待たせ」

声をかけると、時枝くんが顔を上げた。濃紺のコートを着ていて、暖かそうなチェック柄のマフラーを巻いている。

「行こ」
「……うん」

まるで付き合っているみたいで、一条くんにからかわれたことを思い出して照れくさくなってきた。




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