世界が私を消していく
涙を止めようとしても、どんどん溢れ出てきてしまう。
もらったティッシュで擦るように拭うと、時枝くんに手を掴まれる。
「目、腫れる。無理して泣き止もうとしなくて大丈夫だから。てか、宮里の手冷たい」
温めるように手を包み込まれて、心臓がどくどくと大きな音を立て始めて涙が引っ込んだ。
「と、時枝くん」
骨張った大きな手にどぎまぎしていると、ベンチに置いていたカバンが地面に落ちてしまった。
時枝くんの手が離れて、カバンを拾ってくれる。
「ありがとう。あ……」
中にあるものが入っていたことを思い出した。カバンを受け取り、チャックを開けるか迷う。
今更かもしれない。だけどせっかく渡せるチャンスがあるのに、また家に帰って自分で食べるというのも気が進まなかった。
「時枝くんって甘いもの、好き?」
「え? うん」
「……チョコレートは?」
「チョコ? 好きだよ」
ゆっくりとカバンのチャックを開いて、ラッピングされた箱を隙間から取り出す。
心臓が破裂するのではないかというくらい騒ぎ出して、チョコレートの箱を持っている手が震えた。
「これ、よかったら貰ってくれる?」
時枝くんはよくわかっていないようで、きょとんとした表情をしている。
「俺が貰っていいの?」
「うん、あの……バレンタインです。遅くなっちゃったけど」
目を大きく見開いた時枝くんは、すぐに箱を受け取ってくれた。そして嬉しそうに目尻を下げて笑った。
「ありがと」
渡せたことに胸を撫で下ろす。けれど、時枝くんがバレンタインデーの日に呼び出されていたことを思い出して、血の気が引いていく。
「あ、でも時枝くん、もしかして……彼女できた?」
「え、彼女? 俺に?」
「バレンタインの日に、呼び出されてチョコ受け取ってたよね」
チョコレートを受け取っていたのは間違いないはずだ。
もしも時枝くんがあの子と付き合い出していたとしたら、たとえ私に関する記憶が学校の人たちは忘れてしまうとしても、こうしてふたりで放課後に一緒にいることはよくない。
「……告白はされたけど断った。そしたらチョコだけでも受け取ってほしいって言われたんだ」
「そうだったんだ」
失恋した人がいるのに、時枝くんが断ったことに安堵してしまった。
だけど、それなら欲張って、もう少しだけ隣にいたい。
「これ、大事に食べる」
「……うん!」
一度は諦めたけれど、こうして渡せてよかった。時枝くんがカバンに仕舞ってくれているのを眺めながら、私は冷えていた頬が温かくなるのを感じた。