世界が私を消していく
びくりと肩を震わせた宮里は、首を横に振る。知らないと自分に言い聞かせているようにも見えた。
事情を聞いていると辛い思いをしていた宮里にとって、周りから記憶が消えるというのは、裏アカウントの存在から逃れることができたということだ。
「……もしかして、宮里は透明現象が続くことを望んでる?」
なにも答えなかった。でもそれが答えのようなもので、宮里は忘れられることを望んでいる。
周りに忘れられてしまうのは、辛いことだと思い込んでいた。だけど俺は独りよがりな考えで動いて、身勝手な善意を宮里に押し付けていた。
「ごめん、宮里。俺がしてたことって、宮里にとっては嬉しくないことだよな。忘れられたいのに、思い出せるようにってメモしたり……」
望んで忘れられたのなら、今の俺は宮里にとって迷惑になっている。
「俺、思い出すべきじゃなかったよな」
宮里が傷ついたような表情で、微かに口を動かす。けれどなにを言おうとしたのか、聞こえなかった。
「でも宮里は、このままでいいの?」
誰かが悪意を持って宮里になりすまし、そのことに宮里は傷つけられた。
それでも仲違いした女子たちに、宮里が恨みを向けているようにも見えなかった。むしろ小坂たちを見つめていた宮里は寂しそうだった。
苦しい思いをしていた彼女に言うべきではないのはわかっている。
だけど今のままでは、宮里が後に孤独で心を蝕むことになる気がした。
「私は……っ」
不安定で崩れ落ちてしまいそうな宮里の手を掴むと、指先が冷えて切っている。
「周りに忘れられて、誰かと仲良くなっても翌日には知らない人になっている、今のまま過ごしていくのを本当に宮里は望んでる?」
忘れられるというのは、嫌な記憶だけではなく楽しかった記憶まで消えてしまうということだ。
宮里はそれを抱えながら、残りの高校生活をひとりで過ごしていけるのだろうか。
「だけど、敵意を向けられたり、軽蔑されるよりはずっといいよ!」
「宮里、」
「っ、もう誰にも嫌われたくない!……嫌われるくらいなら忘れられた方がいい」
触れていた手が離れ、宮里は大粒の涙を流しながら思い出されることの方が怖いと必死に訴えてくる。
「誰も私の言葉を信じてくれなかった! そんな人たちに囲まれて、私はどうやって過ごせばよかった? 私……本当にあんなこと書いてないのに」
過去の自分に怒りが湧いてくる。
なんでこんなに苦しんでいる宮里に寄り添おうとしなかったんだ。
俺は宮里が傷ついているのを隣で見ているだけだったのか?
自分の言動を必死に思い返してみると、拓馬との会話が脳裏に過ぎる。
『宮里さんのこと、心配でも今清春が女子のことに口出したら逆効果だから』
『でも、このまま放っておくわけにはいかない。だいたいあんなこと書くのはひとりしかいないんだろ』
『だけど俺の話だけじゃ証拠にはならないし、否定されたらそれで終わりだって』
この会話、拓馬といつしたんだ?
証拠ってなんの? あんなこと書くのはひとりだけって誰のことだ?
疑問ばかりが頭に浮かんで、答えが出てこない。
「これは自分で願ったことが叶った結果だから。ずっと黙っていてごめんね」
痛みを堪えるような表情で宮里が笑った。
違う。こんな顔をさせたいわけじゃなかった。
あの時みたいに、また俺は言葉を間違えて——あの時っていつだ?