世界が私を消していく
未羽は完全に私のアカウントだと信じ切っている様子でもなく、そのことが意外だった。
「正直持ち物とか紗弥と重なる部分が多くて最初は信じちゃったんだ。でもよく読んでいくと、言ってることに引っかかったというか……一条って女子と気さくに話すタイプとはいえ、ふたりって関わりないでしょ」
未羽も時枝くんと同じことを言っている。それに未羽と一条くんは同じクラスで関わりがあるから、私と一条くんの間になにもないことを知っているのだ。
「一条が自分のこと好きっぽいとかあのアカウントに書いてあったけど、あれって書いている本人が一条のことを好きなように見えたんだよね。でも紗弥はそんな感じじゃなかったから……なんかそこがおかしいなって」
未羽の言う通り、あの投稿からは一条くんに好かれて喜んでいるように見えた。
なりすましの本人がまるで一条くんに想いを寄せているようで、おそらくほとんどの人にとっては投稿者の都合のいい妄想のように見えていたと思う。
「だけど一度でも疑って、本当ごめん!」
「……でも未羽に信じてもらえる証拠なんてないし、疑われるのは仕方ないと思う」
スマホの中にアカウントが入っていないと見せたって、そのときだけ消していると思われる可能性だってある。犯人ではない証拠なんて証明しようがない。
「それなのに未羽は私が犯人じゃないって思ってくれるの?」
私の問いに、未羽が真剣な表情で頷いた。
「冷静に考えると、紗弥って私が英里奈のこと悪く言ったときも便乗して言ってこなかったし」
「あれは……英里奈のことは薄々気づいてたけど、認めたくなかったっていうか……そしたら平和が終わっちゃう気がしたんだ」
いい子ぶっていたベールを剥いで、本音を見せると未羽が苦笑した。
「滅多に怒ったり感情を見せないから、紗弥の本音はわかりにくいよ」
「私ってわかりにくい?」
「だって、ほとんど自分の気持ち話さないでしょ」
なにが嫌だとか、なにが好きだとか、そういうことを周りの人に話す機会は、あまりなかった。
真衣たちといるときも、私は聞き役に回ることが多かったので、自分の話を積極的にしていない。
「私が喋りすぎちゃうのも悪いんだけどさ、それでもこれからは紗弥の話も聞かせてほしい」
自分では無自覚だったけれど、思い返してみると、中学の頃から仲がいい未羽にも、私はどこか遠慮して自分の話をあまりしてこなかったのかもしれない。
「私ね、未羽の忠告をちゃんと聞かなかったことや、気まずくなったままでいたこと後悔してる。裏カウントのことだって未羽にちゃんと相談しに行けばよかった」
もしも私が未羽らしきアカウントで悪口を書かれていたら、本人だと信じたくないとはいえ、書かれている内容を気にしてしまう。接するのが怖くなる。
未羽が私から目を逸らしてしまったときの感情と同じだ。
それなのに未羽は私を信じようとしてくれている。なら私も、未羽にちゃんと打ち明けたい。
「裏アカウントなんて作ってない。私のこと、信じてほしい」
あれはなりすましだと真剣に伝えると、未羽は頷いて私の手をとる。その手は氷みたいで、こんなに冷たくなるほど待っていてくれたのかと、目頭が熱くなった。
「紗弥、話してくれてありがとう。あのとき、信じきれなくてごめん」
私は首を横に振って、今度は自分から未羽に抱きつく。
なりすましが現れて、周囲から孤立したときはもう私にはどこにも居場所がないのだと思っていた。軽蔑され、なにを言っても嘘つきだと言われる。
だけど信じてくれる人がふたりもいる。
「私の方こそ……っ、ありがとう」
冷え切った未羽の身体を温めるように強く抱きしめた。