世界が私を消していく
そして、四人の輪がだんだんと空気がピリついてきたのは一月の終わり。
いつものように昼休みに購買へ向かう途中、由絵があからさまに態度に出して英里奈に素っ気なく接した。
「由絵、なんか機嫌悪い?」
「別に機嫌悪くはないけど」
そう言いながらも由絵の語気は強く、苛立っているように見える。
「もしかして、私なんかした?」
英里奈が不安そうに問いかけると、真衣がわざとらしくため息を吐いた。それが合図のように、由絵が「てかさぁ」と話を切り出す。
「英里奈って少し前から真衣と同じカーディガンだよね」
「え、それはただ好きな色着てるだけで……」
「前まで違ってたじゃん。それにメーカーまで一緒なのは、なんで?」
ふたつに結んだ髪の毛を指先にくるくると絡ませながら、由絵が横目で英里奈を見る。その眼差しに敵意を感じて、私は自分に向けられたものではないものの息をのんだ。
たしかに英里奈がよく着ているのはピンクや白のカーディガンで真衣が着ている色やメーカーとかぶっている。
けれどそれだけで敵意を向けるの?と言いそうになる。でも口を挟めるような空気ではなかった。
「それに、カバンもローファーも真衣と一緒のやつだし、昨日染めようかなって言ってた髪の色も真衣と同じ色じゃん。それってあえてやってんの?」
「私、そんなつもりじゃなくて、偶然で!」
由絵からの指摘に戸惑った様子の英里奈に、真衣が目を細めて厳しい視線を向ける。
「英里奈さ、私に隠してることない?」
「え? 特に隠してることなんてないよ?」
「ふーん」
自然と私たちは足を止めて、廊下の隅に寄った。
無言がしばらく続く中、お財布を握り締めながら、私は英里奈と真衣を交互に見る。
英里奈の顔色が悪い。心当たりがあって焦っているのか、それとも身に覚えがないからなのか言葉がうまくでてこないようだった。
この場でなにもわかっていないのは、私だけなのかもしれない。
「好きな人、いないって言ってなかったっけ」
真衣の言葉に英里奈が目を見開いて硬直した。畳み掛けるように真衣が淡々とした口調で言葉を続ける。
「休日に一条くんとふたりでよく会ってるんでしょ? しかもクリスマスの日、私の誘い断ったけど、その日も一緒だったらしいじゃん」
「え……あ、それはその、一条くんのバイト先が私の家の近くのベーカリーで……でも親に頼まれて買いに行ってるだけで」
「カフェスペースに座って喋ってるの何度も見たって人がいるんだけど」
「一条くんの休憩のときに少しだけ一緒にお茶してて……本当にそれだけなの!」
必死に事情を説明している英里奈は今にも泣き出しそうだった。
「他の子に一条くんが好きなのに、真衣が怖くて打ち明けられないって言ったんだって?」
なにも言い返せない様子で英里奈は気まずそうに俯き、真衣がため息を吐いた。
「別に誰が先に好きになったとか関係ないし、私は好きな人が被ってもなんも言わないけど。でも嘘つかれるのが一番嫌」
「ご、ごめ……っ」
声を震わせながら謝罪している英里奈を見ている真衣の目は、冷め切っている。
「こないだも好きな人いるなら話してねって言ったじゃん。それなのにいないよって言ってたよね」
私の知らないところで既に一度確認のため真衣は英里奈に聞いていたらしい。それでも英里奈は、本当のことを言わずに嘘をついた。それが真衣にとっては好きな人が被るよりも受け入れられないことだったみたいだ。
「裏で私のことも悪口言ってるんでしょ」
「悪口なんて……」
「英里奈が私のことなんて言ってたのか全部聞いたんだよ。英里奈のそういうとこ、無理」
真衣は私の腕を掴んで、「行こ」と引っ張ってくる。立ち尽くしている英里奈は呆然と床を見つめていて、視線が合わなかった。
「紗弥」
気にしなくていいからというように由絵が私の名前を呼ぶ。
このまま英里奈をひとりにしてしまっていいものなのか迷いつつも、私は彼女のもとに駆け寄る勇気が出なかった。
その日の放課後、英里奈が話しかけようとすると、真衣は舌打ちをして横切っていく。すぐ近くにいた由絵は「うざ」と言って、真衣の後に続いていった。
私は足を動かすことができなくて、傷ついた表情で泣くのを堪えている英里奈を見つめる。
「……英里奈」
名前を呼ぶと、英里奈が俯く。その瞬間、涙が床にこぼれ落ちた。
そしてそのまま顔を上げることなく、走って私の横を通り過ぎっていった。