世界が私を消していく
姿を見せたのは、真衣と由絵だった。
「ふたりが一緒に教室を出て行ったから、気になって追ってきたの。ねえ、どういうことなの?」
真衣が酷く困惑した様子で、私と英里奈を交互に見てくる。由絵は顔色が悪く、視線が定まっていない。
「由絵」
「あ、えっと……」
「お願い。本当のこと全部話してほしい」
私の懇願に対して、由絵は固まってしまう。話してしまえば、自分の立場が一気に悪くなることをわかっているようだった。
すぐ横にいた真衣が眉を吊り上げて由絵を横目で見やる。
「由絵、本当のことってなに?」
「……バレー部の子に英里奈のこと話したの、私」
声を震わせながら由絵が打ち明ける。
「バレー部の友達から英里奈が部内で時々問題になってるって聞いたから、私も英里奈のこと話したの。でも実際に起こったことを話しただけだし、私嘘なんて言ってないし。てか、英里奈が揉めすぎなのが原因っていうか……」
「バレー部でハブかれたのって、由絵のせいだったってこと?」
英里奈の発言に、真衣が顔を顰めた。
「ちょっと待ってよ、元々は英里奈が悪いんじゃん。だいたい言われてることって事実でしょ」
庇うような発言が気に食わないのか、英里奈が叫ぶように声を上げる。
「由絵のこと仲間外れにしてるくせに!」
「あれは由絵がいつも私に合わせてくるから……でも英里奈が言ってた、由絵が私といるのが苦痛だって話も嘘かもしれないってことでしょ」
どうやら真衣と由絵が仲違いしたのは、いつも自分に合わせてくることを真衣が不満に思っていたことや、英里奈が真衣に裏で告げ口ように話した内容が原因のようだった。
「なにそれ、私真衣が苦痛なんて一言も言ってない!」
「似たようなこと言ってたでしょ。真衣に意見するのが苦手だって」
「は? なんでそれが苦痛って話になるの!」
由絵と英里奈が口論する中、真衣が私を見つめてくる。
「紗弥」
久しぶりに真衣に名前を呼ばれた気がした。
なんだかそれだけで、泣きそうになってしまう。
その瞬間、私は拒絶されて酷いことを言われても、真衣のことを嫌いにはなれなかったのだと感じる。
「さっきの話、本当?」
恨みたい気持ちもある。私の話を聞いてほしかった。信じてほしかった。
それでも、嫌いになれないのは、合わない部分があっても楽しかった記憶があるからだ。
「あのアカウントは紗弥じゃなかったの?」
「——私じゃない」
あのとき信じてもらえなかった言葉を改めて口にする。
「みんなのことあんな風に書いてもないし、全部誤解だよ」
今の真衣の瞳からは戸惑いだけが伝わってくる。
「なんで……っ」
真衣は前髪を手でくしゃりと握り、壁に寄り掛かった。
「英里奈、どうしてそんなことしたの。私たち、仲良かったよね。紗弥のなりすましまでして、みんなのこと傷つける必要あった?」
俯いているため真衣が泣いているのかはわからない。けれど声が震えていて、あのアカウントの犯人が英里奈だったことにショックを受けているようだ。
けれど英里奈は悪びれる様子もなく、鼻で笑った。
「自分がいつも上の位置にいるから、そういうことが言えるんでしょ?」
真衣を睨んでいる英里奈を見て、彼女が本心でなにを思っているのかがようやく理解できた。
英里奈は真衣にも不満を抱えていて、敵意を持っていたんだ。
「そんな風に思ってたならなんで、私の真似なんてしてたわけ?」
「そうだよ、おかしくない? 英里奈って真衣と同じもの買ったり、髪色まで似せようとすること多かったじゃん」
由絵の言葉に英里奈は黙り込んでしまう。
「しかもさ、バレー部の子たちが買った物や遊びに行った場所を、私たちに話して自分発信みたいにしてたでしょ。あと、いいねの数も気にしてたよね」
「……いっつも真衣のご機嫌とりしてた由絵よりマシだよ。真衣の隣にいるからって自分も同列だとでも思ってたわけ?」
「はぁ? そっちこそ、どうせ真衣にみたいになりたくて真似してたんでしょ! あんたじゃ無理だから」
由絵と英里奈が、今にも掴みかかりそうなほどの勢いで言い合いを始める。由絵は見下すように目を細めて、口角を上げた。
「あ、もしかして一条くん狙ったのって、親しくなれば真衣より上に立てるって思った? ウケるんですけど」
「っ、由絵になにがわかるの! 年上の彼氏がいたからって大人ぶってるけど、浮気されてたくせに」
「人の好きな人奪おうとするやつよりマシなんですけど。てか、どうせ真衣に内緒で一条くんと近づけたことに、英里奈は優越感でも持ってたんでしょ」
図星なのか英里奈は悔しそうに下唇を噛んで黙り込んでしまう。
由絵の言ったことが本当だとしたら、英里奈は真衣よりも優位に立ちたくて一条くんに近づいたものの、距離が縮まることはなかった。
それに加え、一条君が私のことを聞いてきたため、苛立ちが日に日に蓄積されていったのかもしれない。
そしてバレー部で真衣との揉め事が広まることがあり、きっかけは私ではないかと思い込んで憎んだ。
「……そんな理由で?」
真衣は理解ができないようだった。