世界が私を消していく


「英里奈は私より受けに立ちたかったの?」
「自分中心な真衣にとっては、馬鹿馬鹿しいって思うだろうね」

英里奈の目に溜まった涙が零れ落ちる。羨望と劣等感と憎しみが込められている眼差しを向けられて、真衣は呆然としていた。


「真衣がこれをやりたいって言えば、みんなが同調するし、いつも真衣が中心だったじゃん。私たち、気が合うんじゃないよ。本当は真衣に合わせてやってるってこと気づいてないわけ?」
「でも……それなら思ってることみんなも言えばいいじゃん」

由絵が「言えないよ」と声を上げて割って入った。両手をお腹の辺りで握り締めながら、微かに震えている。


「中学のとき、私が真衣に自分の機嫌で振り回すのやめてって言ったことあるじゃん。それで真衣と喧嘩して……みんなは真衣の方について、私は無視されたんだよ」


ふたりが中学から一緒だったことは知っていたけれど、その話は初めて聞いた。だから由絵はいつも真衣の顔色をうかがって、合わせていたのだろうか。


「あれから私、真衣が怖かった。またいつ嫌われるんだろうって怯えて、英里奈のときも紗弥のときもやりすぎだって思ったけど、真衣の味方しなくちゃって」
「私、そんなつもりじゃ……」
「最近だって私のこと、あからさまに不機嫌な態度で避けたでしょ。だけどそういう真衣にうんざりしている子たちも結構いるんだよ!」

由絵も悩んでいたとはいえ、でもそれは真衣だけが一方的に悪いわけではない。


「なら、どうして由絵は今まで真衣と一緒にいたの?」 

私の質問に由絵は気まずそうに視線を下げる。

「真衣と一緒だと……その、なんていうか」
「クラスの中心グループにいることができるからでしょ。それに真衣って顔も広いし」

英里奈の指摘に由絵は反論することなく、口をつぐんでしまう。
由絵自身も、真衣といる利点があったということだ。


「そんな理由で、私と一緒にいたの?」
 
真衣が由絵の腕を掴むと、由絵はそれを振り払って距離をとった。
 
そのことに真衣は酷く傷ついた表情で涙目になる。
真衣は見た目が派手で容姿も可愛い。明るくて気が強い彼女は、クラス内で発言力があり、先輩にも知り合いが多い。

由絵はそんな真衣と一緒にいることによって目立つ存在でいたかったようだ。


「一緒にいるのなんて、みんなそんな理由でしょ」

利点がないと一緒にいるはずがないと英里奈は、真衣と由絵と私それぞれを見る。

「私は真衣にも由絵にも紗弥にも苛々してた。みんな私に対して、扱いが雑でこっちが耐えてたことも気づきもしなかったでしょ」
「扱いが雑って、そんなことした覚えないんだけど」

私も真衣と同じで、英里奈の話を適当に流した記憶もない。

「本人たちには自覚なんてないだろうね。私があの裏垢作ったのだって、みんなに対しての不満を吐き出す場所がなかったからなのに」
「やっぱり……あの裏垢、元々英里奈が使ってたの?」

裏垢の投稿を遡ったとき、誰について書いているのかわからないようにしてあった。最近の投稿とは違って名前が書いていなかったのだ。だけど内容は私たちに当てはることが多い。


「最初は由絵が彼氏に浮気されたとき、散々振り回されたからそれで吐き出すために作った」

アカウントが始まったのは十月で、由絵の彼氏の浮気が発覚した時期だった。あのときは英里奈が由絵のことを慰めていて、元気付けようとしていた。


「みんなに対しての不満を裏垢に書いたら段々気持ちが楽になって、私は笑って接することができたの」

清々しいくらいの笑顔で、英里奈が真衣に「気づかなかったでしょ?」と問う。


「もしかして私のアカウントに裏垢でいいね押して取り消したのって、わざと?」
「そうだけど?」


真衣も由絵も、なにか言いたげにしているけれど複雑そうに顔を顰める。

私たちは英里奈が抱える黒い感情に気づかなかった。英里奈がうまく隠していたのか、それとも私たちが気にかけていなかっただけなのかは、今となってはわからない。


……私はどう思いながらみんなと一緒にいたんだろう。
真衣といると、心強い味方がいて、ひとりにならない安心感があった。


楽しかったことだってたくさんあったけれど、どうして合わないからって悪口を言ってわかりやすく仲間外れにするんだろうって思ってた。


英里奈のことは、真衣と同じ物ばかり持っていて違和感はあったけれど、仲がいいからだと深くは考えず、平穏を崩さないために指摘しなかった。

由絵のことも、真衣の意見ばかりに同調して、私と英里奈にはあたりが強くて人によって態度を変えているのを気づいていた。


仲がいいと思っていた私たちの関係は、触れたら崩れ落ちてしまうほど脆い仲。そのことを直視するのをずっと避けていたんだ。


「私、意見を言ったら嫌われてしまうかもって、結局自分のことしか考えてなかったんだ」

独り言のように私は今まで言えなかった思いを吐き出していく。


「真衣に発言力があるのはわかってたから嫌われたくないって合わせていたこともあったの。だけどそれだけじゃなくて、由絵にも英里奈にも嫌われるのが怖かった」

私はいつも、三人の前でいい顔をしていた。本心を隠し続けて、今が楽しくて平穏ならいいと、みんなの抱えている問題を知ろうともしていなかった。

「なりすましが現れたとき、信じてもらえなかったことが悲しかった。どうして身に覚えのないことで責められるんだろうって。学校に来るのも辛くて……みんなにとって私の存在ってなんだったんだろう。消えたいって思ってた」

私だけではなく、英里奈や由絵、真衣がそれぞれ葛藤もあったのだと思う。
それでも苦しめられた時間を、みんな辛いことがあったから仕方ないで終わらせることはできない。

「誤解があったからって英里奈がしたことはいけないことだし、鵜呑みにしてクラス内に広めた真衣や由絵たちにも、どうして私の話すら聞いてくれなかったのって思う」

周りから向けられる軽蔑や、鋭い視線。思い出すだけで怖くなって足が竦む。

している側は、あまり深く考えずにそれくらいで?と思うことでも、された側は心に深く傷が残ることだってある。



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