世界が私を消していく
そして光の雨が降る
三年の先輩たちの卒業式が終わり、あっというまに修了式を迎えた。
しばらくはまったりと春休みを満喫していたけれど、気がつけば時枝くんとの待ち合わせの日がやってきた。
時間ばかり確認してしまい、今日は朝から落ち着かない。
洗面所で三度目くらいの身嗜みのチェックをしながら、わずかに跳ねている右側の紙の束を指先で摘む。
ミストやドライヤーを使って、なんとか毛先の動きを整えることができた。再びスマホで時間を見ると、家を出る時刻が近づいてきている。
「あ、そろそろ出ないと!」
廊下に置いていたカバンを手に取って、玄関へと向かう。
靴箱からショートブーツを取り出すと、近くにある木製の棚に飾られている写真立てが目にとまる。
そこに映っているのは生前のおばあちゃんだ。穏やかでにこにことしていて、いろんなことを教えてくれるおばあちゃんが私は大好きだった。
神社へ通っていたおばあちゃんなら、私の身に起こった不思議な体験を信じてくれるだろうか。
あの後、何度見てもレインドームの雨が降ることはなかった。神社へ行って巫女さんに詳しく聞いてみようかとも迷ったけれど、今の私には必要がなくなったから雨が止んだのかもしれない。そう思うようにした。
今となっては夢みたいな出来事だったけれど、きっと私はあの日々を忘れることはできないと思う。
「おばあちゃん、行ってきます」
写真の中のおばあちゃんに挨拶をしてから、私は家を出た。
春休みに入っている学校は静かだった。
ほとんどの部活が休みらしく、人の気配がしない。
予定よりも少し早く到着したため、少しだけ校舎の中に入ってみることにした。私服で中に入るなんて、先生に見つかったら怒られそうだけど、ちょっとだけワクワクする。
昇降口の隅にある来客用のスリッパに靴を履き替えて、ぱたぱたと音を立てながら廊下を進んでいく。
昼間なのに誰もいない校舎は新鮮だ。自分だけがこの空間に取り残されたみたい。
一年生の教室がある三階まで上がると、一週間前までは通っていたはずの廊下が不思議と懐かしく感じる。
私の教室だった場所のドアに手をかけると、前後に大きく揺れながら音を立てて開いた。
私物も掲示物もがひとつもなく、別の部屋みたいだ。黒板も綺麗になっていて、日に焼けたカーテンはきちんと束ねられている。
ここで過ごした日々は、いい思い出ばかりではない。
今となっては過ぎ去ったことだけれど、それでも真衣や由絵、英里奈との時間は良くも悪くも色濃く残っている。
友達だからって、すべてを受け入れられるわけではない。
自分とは違う部分があって、それを合わないと感じることも誰にだってある。大事なのはそれでも無理をすることなく、一緒にいることができるのかだと思う。
私たち四人は、修復をするには手遅れなほど亀裂が入っていた。だからこそ、もうあの頃みたいには戻れない。
三学期の自分の席の前に立つ。辛いこともあったけれど、この席になれてよかった。
時枝くんと席が近くになれたから、距離が縮まって、こうして今日も待ち合わせをしている。今日は前に行った公園や河原の近くで桜が咲いて綺麗だと聞いて、一緒に出かけることになったのだ。
楽しみだなと頬を緩めると、足音が聞こえてきて体を硬らせる。
ひょっとしたら先生かもしれない。私服姿でここにいるのを見られるのはまずい。慌ててどこかに隠れようかと辺りを見渡すけれど、よさそうな場所がない。
足音が近づいてきて、咄嗟に蹲み込んで机の横に隠れた。
「……え、なにしてんの?」