世界が私を消していく
翌日からは、英里奈は私たちに近づいてこなくなった。
真衣も由絵も英里奈にだけは頑なに話しかけないため、クラス中が仲違いしたことを察しているようだった。
少し前までは楽しかった関係が、今では嘘のように消えてしまった。
……英里奈と話をした方がいいかもしれない。
授業が終わると、私はすぐに教卓側へ歩いていく。けれど声をかけようとしたタイミングで英里奈が教室から出ていってしまった。
慌てて廊下に出て追いかけると、「宮里さん」と誰かに声をかけられた。
振り返った先には、金髪の男子生徒が立っている。
「今ちょっといい?」
「え、うん」
真衣と一緒にいるときに会話をしたことはあるけれど、一条くんから声をかけてきたのは初めてだった。
「これさ、清春に渡しておいてくれない?」
目の前に差し出されたのは、数学の教科書。
「借りたままだったんだ。宮里さんって清春と席近かったよね」
「うん。渡しておくね」
時枝くんの数学の教科書を受け取って、視線を上げると廊下の隅の方で英里奈が立っているのが見えた。
真衣の言う通り英里奈が一条くんのことを好きなら、私と一条くんが話していることを、よく思わないかもしれない。私は妙な誤解を招いてしまう前に、すぐに教室へと戻って時枝くんに教科書を渡しに行った。
結局その日、英里奈とは話をできなかった。
そして、明日、また明日と話しかけるタイミングを伸ばしてしまい、日が経つにつれて話しかけにくくなっていく。
英里奈に話しかける人はいなくなり、完全に教室で孤立してしまった。
三人になった私たちのグループは、何事もなかったかのように学校での噂話とか、SNSで流行っていることの話で盛り上がる。
「ねー、ふたりともこの動画見た?」
由絵のスマホを覗き込みながら、私は頷く。
「知ってる! 最近話題になってるやつだよね」
笑顔を貼り付けながら、胃の辺りに得体の知れない黒い影がうごめいているような不快感を覚えていた。
話をしていても心がどこかに置いてきぼりで、以前のように学校を楽しめない。自然と視線が教室でひとりぼっちでいる英里奈に向いてしまう。
真衣も時折英里奈がいる方向へ視線がいっているのがわかる。
気にしていないように振る舞っているけれど、本心では完全に遮断することができないのかもしれない。
私たちの日常は些細なことで変化してしまう。
当たり前のように一緒にいたはずなのに、今ではまるで知らない人みたいだ。
「あのさ、ふたりとも」
こんなのやめようよ。せめてもう一度英里奈と話をしよう。
そう言いたいのに、私は言葉に出せない。
「どうしたの、紗弥」
私、真衣のことが好きなのに時々怖い。
英里奈の近くを通り過ぎるとき、どうして舌打ちをしたり、睨むの?
由絵だって、なんで便乗して聞こえるように「うざい」とか言っているの?
なにもされていないはずなのに、由絵はいつだって真衣の肩を持つ。
由絵の本当の気持ちが知りたい。英里奈とふたりで時々一緒に遊んでいたほど、仲が良かったはずなのに。
だけど私も、いつも本音を口にできない。
「飲み物なくなっちゃったから、買ってくるね」
誤魔化すように笑って、見て見ぬフリをしている。自分を守るために、私は誰かを傷つけている。わかっているのに、声を上げることができなかった。