聖なる夜に、始まる恋
それから10年が過ぎて・・・私たちの間に誰かが入り込む隙間なんて、どこにもない。私はそう信じていた。いや、今から思うと、そう信じ込もうとしていた。実は私はずっと恐れていたんだ、大学入学を機に上京した彩さんが、再び尚輝の、私たちの前に現れることを。


その危惧は、私が帰郷、就職して3年目の夏に現実となった。恋人に裏切られ、その裏切りがきっかけになって職場からも去らなくてはならなくなり、ボロボロに傷付いて帰って来た彩さんを、尚輝は放っておくことが出来なかった。尚輝の心の中には、ずっと彩さんがいる・・・それに気付いてなかったわけじゃない。でもその現実を目の当たりにするのは、やっぱり辛かった。


いや、尚輝が私を蔑ろにしたわけじゃない。たぶん、彼は私を突き放すことなど、考えたこともなかったはず。彩さんが尚輝を私から奪おうとするそぶりなんて、少しもなかった。でも高校の時、あれだけ尚輝を拒んだ彩さんが、本当は彼にどんな思いを抱いているのか、たぶん尚輝も知らないその本心を私は知っている。


私は2人に気を遣われていることを、はっきり自覚していた。


(私って結局、尚輝にとってなんなんだろう・・・?)


自分の存在に、自信を失って行く日々。


尚輝に


「京香、ごめん。許してくれ。」


そんな言葉と共に、別れを告げられる日が来ることに耐えられない、そんな思いが募って行った。


そして・・・私は逃げる道を選んだ、大切な恋から、大切な人から逃げることを。本当に来るかもわからない敗北に怯えて。


そんな弱い自分を糊塗する為に、私は大切な絵を使った。絵に逃げた。そうでも言わなきゃ、自分がみじめ過ぎたし、周りを説得できなかったから。


私は留学を決意した本当の理由を、少なくとも自分の口からは2人にしか言っていない。1人は尚輝、彼にこそ、本当は絶対に言いたくなかったけど、それを伝えない限り、私は彼を振り切れなかったから、言うしかなかった。


そして、もう1人は秀。大反対する親を説得する為に、古くから家族同然の付き合いで、親からの信頼も厚くて、かつ尚輝とのことを知っているのは、アイツしかいなかったから。力を借りられるのは、秀しかいなかったんだ・・・。
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