空のアルペジオ
「え…?」
背後からバリトンの声。
凛とした―――冬の空みたいな、声だ。
振り仰げば、ザリ、と軽やかな音を立てて、玉石を踏みしめながら。
ひとつの影がこちらへ向かってきていた。
長身…。
それに。
……和服、だ。
深みのある紺地に横段格子のしじら織。
真夏の陽射しの中、さらりと風情を纏っている。
肩につきそうな、柔らかな黒い髪。
同じく、濃厚な色を持った瞳。
アーモンド型を描く、双眸。
…キレイな、人だ。
けれど、無機質なほどに、表情が浮かんでいない。
「……大きくなったもんだな」
彼は射抜くように人を注視しながら、こちらに歩み寄ってくる。
「え…、あ、あの?」
―――誰?
真っ直ぐな足取り。
すっと伸びた姿勢。
私の前まで来て、浅く笑う。
「…僕を覚えていないか」