君の初心者
「紗良紗良、こっち向いて?」
ある日の放課後、二人で合唱部の部室の片付けをしていると、突然名前を呼ばれた。
言うとおり智也くんの方へ振り返る。
「わっ、んっ」
意外と近くにいた智也くんが、わたしに顔を近づけてきた。
その瞬間唇に柔らかいものが触れ、びっくりして思わず声を出してしまう。
唇はすぐに離され、いつものクールな智也くんからは想像できない意地悪な笑みを浮かべていた。
「なんかね、かわいい後ろ姿見てたらキスしたくなった」
えっ、なっ、なにそれっ!?
身体が熱くって、うまく状況が読めない。
だって、わたし今きっ、きすされたの……っ?
いや智也くんがそう言ってたならそうかもしれないけど。
「あは、顔真っ赤。かわい」
わたしの頭を優しく撫で、ふわっと笑う。
付き合って2か月。キスなんてもう両手じゃ収まらないほど交わしてきたはずなのに、未だに全然慣れない。
わたしの心臓はもうドキドキしすぎて、限界を迎えそう……。
そして智也くんは無自覚なのか、かなりの高頻度で甘い言葉を囁く。
いや、たぶん無自覚じゃない。付き合ってから分かったことだけど、智也くんって、優しいけどときどきいじわるなんだ。
“いじわる”なんて言ってしまったけど、わたしは嫌な気持ちじゃなくて。逆にうれしいというか……。うう〜ん、なんだか、そんな感じ。
“付き合う”以前に“恋する”こともどんなことなのかいまいち理解できてない。
智也くんにたくさんのものをもらうわたしだけど、理解が追い付かないせいでいまだにわたしは智也くんになにも返せていないのです。