偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない
1. 水曜日のミステイク
最初はほんの少しの違和感だった。
リラクセーションサロン『mohara』にやってくる客は九割以上が女性である。男性客はほんの一握りしかいない。その中でいつもあかりを指名してくれる人は、この入谷 奏一ただひとりだ。
今日はなんとなく機嫌が悪いのか、それともいつも以上に疲れているのか。顔を合わせた印象からなんとなく冷たい雰囲気があったが、個室に入って彼がスーツのジャケットを脱いだ瞬間、違和感はより一層強くなった。
「あの……入谷様……?」
恐る恐る声をかける。受付からバインダーに入れて手渡されたカルテには『入谷 奏一』の名前が記されている。
保険診療ではないので保険証の提出は求めていないが、個人情報を管理するための予約カードはバインダーのポケットに収められている。そこに記されている名前ももちろん『入谷 奏一』だ。
「ん?」
「……入谷様、ですよね……?」
「……? そうだが?」
あかりの確認の言葉を聞いた相手も、不思議そうに首を傾げる。もちろんその姿にもちゃんと見覚えがある。
真っ黒よりも少しだけ色素の薄いエボニーの黒髪に、ブラックダイヤモンドの輝きを秘めた瞳。すっと整った鼻立ちときれいな逆三角形の輪郭。立った状態の彼と視線を合わせようと上を見れば、首が痛くなってしまうほどの高身長。