偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない
今の話の流れにはあまり関係がないと思われる『奏一』の名前に、あかりはぱちぱちと瞬きをする。さらにその後に続いた台詞に含まれる意味もわからず、つい首を傾げてしまう。
「俺は昔から何をやっても奏に敵わなかった。勉強も、スポーツも、習い事も……遊びでさえ一度も勝てた試しがなかった」
「え……そうなんですか……?」
「ああ。どれだけ本気でやっても勝てない。どんなに真面目に挑んでも絶対に負ける。あいつがわざと手を抜かない限り、俺は何をしても敵わなかったんだ」
響一の台詞に、以前、奏一本人から聞いた言葉を思い出す。奏一は『兄さんは努力家だから、勉強もスポーツも習い事も、俺には真似できないぐらい真面目に一途に打ち込む人なんだ』『自分が努力する人だから、兄さんは俺が怠け者だってこともちゃんと見抜いている』と言っていた。
その言葉を聞いたときは、それが兄に勝てない弟の劣等感の表れだと思っていた。
けれどあかりの認識は少しだけ間違っていたらしい。双子の兄弟に対して劣等感を抱いていたのは、奏一だけではなく響一も同じだったのだ。
「なんで俺が兄に生まれたんだ、せめて俺が後に生まれてたらよかった、なんて思ってた時期もあったな」
「響一さん……」