偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない
響一はどんなに努力をしても弟に勝てない自分に悔しさを感じていた。そして奏一は努力家でどんなことにも真剣に打ち込む兄に強い憧れを抱いていたのだろう。
そうとは知らなかったあかりは、響一の心情の吐露にじっと耳を傾ける。
「俺の個性なんて必要ない。周りはみんな、奏が入谷の跡取りに相応しいと言う。だから奏のスペアになるか影で支える事が俺の役目だと、俺自身もずっと思っていた」
響一の切ない心を聞いたあかりは、胸の奥がぎゅっと締め付けられる思いがした。
やはり入谷家の御曹司ともなれば、一般庶民とは環境が違う。本人たちはお互いを認め合って切磋琢磨していける関係を望んでいるのに、周囲を取り巻く人々はそれを許さない。
おそらくイリヤホテルグループの発展を願うあまり、幼い頃から彼らを比較し競い合わせて、敗者は勝者の糧になるのが当然だという扱いをしてきたのだろう。
その結果、どんなに努力をしても『勝てない』響一は奏一の礎になるのが自分の役目だと思い込んだ。
兄弟だろうと双子だろうと個性があるのは当たり前なのに、そこに目を向けてくれる人が少なかった。そのせいで響一は自分に個性は不要だと感じていた。気にしないふりをして、必死に平静を装っていた。
「でもあかりは気付いた。俺と奏が別の人間で、ちゃんと個性があることを認めてくれた」
――けれど響一は、あかりと出会った。