偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない
あかりはリラクセーションサロンにやってきた響一が、奏一とは別の人物であることに気が付いた。名前を確かめる前に、身体に触れただけでそれが常連客である奏一ではないことに気が付いた。
他人にとっては些細なことかもしれない。けれど己の存在意義に自信を持てず、弟の代替品になるのが自分の役目だと思っていた響一にとっては些細な出来事では終われなかった。
奏一の存在は知っているのに、二人を同一として扱わない。優劣もつけない。入谷家の事情も、その御曹司である双子の存在も、政略によるしがらみも関係ない。
響一はその平凡で純朴なただのサロン店員のことをもっと知りたくなった。何度も名前を確認する非礼を理解しながらも響一の存在を確かめようとしてくれる姿に、どうしようもないほど惹かれてしまった。出会った直後に田舎に帰る可能性を示唆され、大慌てで結婚話を持ちかけてまで引き止める程に気に入ってしまった。
「あかりに触れられるのが気持ち良かった。肩と背中が軽くなったのも本当だが、プレッシャーから解放されて肩の荷が下りた気がした」
ほっと息をつく姿を見たあかりは、その言葉の奥に響一の隠れた弱さを見つけた気がした。
五里霧中を歩く響一にとって、あかりの存在は小さな光だったのだろう。二人の違いを見つけて、個性を感覚で理解して、その上で響一に癒しを与えてくれる。
そういう存在だからこそ響一も傍に置きたがる。愛情を込めて可愛がってくれる。
「本当は奏のことが好きなのも気付いてたが……」
「ええ……? ただの憧れですよ?」
「そうか……」