偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない
苦笑する響一の顔を見て思う。
イリヤホテルグループに関わる周りの人々は双子の兄弟に対して無情かもしれないが、当の本人たちは彼らの悪意など意に介さない。周囲の望みに大人しく従うほど無能でもない。
周りは比較し競い合わせて優劣をつけようとするが、実際の二人は仲が悪いわけではない。それは日々の会話の中で響一から奏一の名前を聞く度に感じているし、奏一も兄を尊敬して慕っているとわかる。本人の口からもそう聞いている。
悪意のある敵同士じゃない。
二人は互いを認め合う好敵手同士なのだ。
そして――
「まだ正確な情報じゃないが……」
「?」
「今期の業績、初めて奏のとこに勝ったんだ」
「え、お、おめでとうございます……!」
響一の小さな報告に、あかりの口から祝福の言葉が零れた。
あかり自身はホテルの業績や勝敗はどちらでも良いと思う。もちろん詳しい事情がわからないという理由もあるが、それ以上にイリヤホテルグループ内の独自基準で優良であるとされる『ティアラランク』を保持しているだけで十分にすごいことだと思ってしまう。
けれど響一は長年勝てなかった最高の好敵手を相手に、人生で初めての勝利を収めた。どんなに努力しても越えられなかった壁を越えた。自分の中に蓄積していたもやもやとした感情を打ち砕き、晴れやかな気持ちで愛しい妻に嬉しい報告をしてくれる。
その響一の笑顔が、ただただ嬉しかった。