偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない
もちろん採用試験にあたって響一のコネクションは利用していない。
採用試験を受ける前に同じ職種の違うホテルやサロンもいくつか調べたり見学をしに行ったが、結局あかりが『ここだ!』と思える場所はイリヤホテル東京ルビーグレイス以外には存在しなかった。
だからどうしてもこの職場が良いと自分で選んで自分で決めた。響一はその努力を知っているからこそ、こうして褒めてくれるのだ。
「年度が明けたらあかりと同じ職場だな」
「はい」
リビングで上着を脱いで時計を外す響一の言葉に、元気よく頷く。
とはいえ女性専用スパのスタッフと、男性で、しかも総支配人である響一と職場で遭遇する機会はそう多くはないだろう。
けれど『同じ職場』というだけで安心する。響一が同じ建物内にいると思えば、仕事にもより身が入るように思うのだ。
「ちなみに俺は、身内だろうが新人だろうが仕事に関しては一切甘やかさないからな」
「う……心得ておりますぅ」
大好きな夫と同じ職場という響きにちょっとだけ浮かれ気分になってしまったことを見抜かれたのかもしれない。最初に出会ったときと同じような鋭い口調でピシャリと言い切られ、その場でふるふると震え上がる。
あかりも身内だからと言って甘えて手を抜こうなどとは思っていない。仕事に対する評価や査定をえこ贔屓して甘く見積もってもらおうとも思っていない。仕事をする響一のかっこいい姿をちょっとでもいいから見てみたい……とは思っているが、仕事に支障を来すようなことをするつもりはない。