偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない
残業。確かに響一が施術を終えたときは、すでにmoharaの店内に他の客はいなかった。そして彼が退店してすぐに閉店作業を開始したのだ。おまけにその後しばらく外へ出てこなければ、響一もあかりが残業をしていたと思うかもしれない。
だがそれは客である響一が気にすることではないだろう。
「いえいえ、大丈夫ですよ。このぐらいなら大したことはないです! もちろん残業代もちゃんともらってますし、お客様にご心配やご迷惑をおかけにする程では……」
「炭恋」
あかりが響一の目の前で手を振ると、彼がその動きを邪魔するようにぼそりと何かを呟いた。
「?」
声が上手く聞き取れなかったので、動きを止めて首を傾げる。そんなあかりの表情を確認した響一が、ニヤリと口の端を上げた。
それは先ほどもみた表情だ。施術するあかりの姿を肩越しにじっと見つめ、からかうような視線を向けたときの笑顔。どこかの国の王子様のようにさわやかで優しい彼の弟、奏一ならば絶対にしないであろう仕草。何かを企むようないじわるな感情が見え隠れする。
「ほら、そこのビルの十一階にあるだろ。炭恋」
「!?」