偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

 響一が呟いたとある飲食店の名前に、あかりは度肝を抜かれたように驚いた。今度は仰天のあまりそのまま息が止まってしまうが、すぐに元の世界に戻ってきてブンブンと首と手を同時に振る。

「いやいやいや、何を仰ってるんですか!? 炭恋のお肉なんて、私には高級すぎて食べれません」

 響一のいう『そこのビル』はオフィスやイベントスペースを併設する三十階建ての複合商業ビルだ。そして一般人が立ち入れる中では最も上階に位置する飲食店エリアにある高級鉄板焼き店、炭恋。

 メニューはたった一種類。おまかせコースしか存在せず、そのコース料理も一人数万円はするらしい。

 らしい、というのはそれが本当の話なのかどうか、あかり本人も周りの人も確認したことがないから。高級店の真相は風の噂でしか知らないため、曖昧な情報しか持ち合わせていないのだ。

 だが一つだけ間違いのないことがある。あの超高級鉄板焼き店に、桜井あかりは明らかに場違いだ。

「というか、炭恋は平日も休日も予約が取れないことで有名なんですよ? なのに突然行っても、入れるわけないじゃないですか?」
「そうなのか? 連絡せずに行っても入れなかったことは一度もないけどな」
「……」

 思わず言葉を失う。さすが入谷家の御曹司。何を言ってるのか全然わからない。

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