偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

「そんなに高いか? もっと高いホテルや旅館だっていっぱいあるだろ」
「あ……えっと、お値段のこともありますが、それだけじゃなくて……」

 響一の困ったような声に気付き、顔を上げて手を横に振る。

 確かにイリヤホテルグループの系列はどこもそれなりの宿泊料がかかる。ホテル内には宿泊客以外でも利用可能なレストランやバーやスパ施設も豊富だが、どれも高級志向で飲食代も施設利用料も割高なのだ。

 けれどそれだけが理由ではない。どうしても宿泊したり飲食や娯楽を満喫したいのならばお金を貯めればいい。

 だがあかりはきっと、そう遠くないうちにイリヤホテルに憧れる気持ちを完全に断たれるだろう。

「私、両親から地元に帰って来いって言われてるんですよね」

 ワインのアルコールに乗せて、そんな呟きを漏らす。

 あかりの出身は北陸の山間部にある田舎町だ。今はキラキラした大都会での生活に憧れて上京し、縁があってリラクセーションサロン・maharaで働いている。だが過保護で心配性の両親は、愛娘が知らない土地で一人暮らしをする状況が不安でしょうがないらしい。

 季節の野菜や果物を送ってくれるので、お礼の電話をすれば『そろそろ帰ってきたらどうだ』。地元に帰省すればその度に『こっちに戻ってくる気はないのか』。地元で不穏なニュースがあるとすぐに連絡がきて『一人暮らしのあかりが心配なんだ』。

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