偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない
このサロン以外にもスポーツジムに通っていると言うだけあって、ほどよく筋肉がついて引き締まった身体。
男性物のブランドにはまったく詳しくないが、脱いだジャケットのタグとエンブレムを見るに、明らかに日本製ではないとわかる高そうなスーツ。おそらくオーダーメイド。少し動けば香る彼の香水も、もう何度も感じている。
(でも……なんだろう。なんか違和感が……)
今日も同じ。いつも通り。すべての情報があかりが知るものと一致している。本人もそうだと言っている。
なのになぜか違和感が拭えない。なんとなくおかしい、という感覚以外には何も根拠はない。
とりあえずベッドにうつぶせになった相手に、いつもと同じように『それでは失礼しますね』と声をかけて施術を開始する。マッサージをする際に首が締まると困るので、ネクタイは外してワイシャツのボタンも二つほど外してもらっている。その上からタオルをかけて、施術箇所である首に触れる。
触れた瞬間に、気付く。
「!」
違う。この人『入谷 奏一』様じゃない。
直感する。脳で理解するというよりも、手先の感覚で把握するという表現の方が正しいかもしれない。
タオルとワイシャツ越しに触れただけでわかる。目の前にいる人物があかりの知る『入谷 奏一』本人ならば、この身体の肩甲骨周囲筋や背筋はもっと柔らかいはずだ。