偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない
「それに両親は、仕事よりも早く結婚して欲しいみたいで」
「……」
「本当かどうかはわかりませんが、相手も見つけてるって言われてるんです」
そして厄介なのが、両親があかりを心配して呼び戻す理由に『結婚』をちらつかせはじめたことだ。二十六歳ならばまだまだ働き盛りだと言うのに、両親は『結婚は早い方がいい』と驚愕の理由であかりを説得しようとする。
親が選んだ相手と結婚し、しかも大好きな仕事までやめなければならないなんてあんまりだ。両親の考えは時代に合っていないと思うし、あかりの想いを尊重してくれていないと思う。
だからその意思に反するよう、適当に恋人役を作って乗り切ろうとしたこともあった。しかし今度は『いつ結婚するの?』『もうすぐ孫の顔が見れるの?』と謎の期待だけが急速に膨んでしまった。
その圧が怖すぎて『別れた』と言ったら『やっぱり地元に戻って来い』と以前より催促が増してしまった。
あかりの作戦は完全に逆効果だった。
「本当はもう少しお仕事続けたいのにな……」
「……。……それなら」
落胆の声が残り少ないワイングラスの赤い色に溶ける。それを飲み干す前に、響一の声が耳に届いた。
そこでようやく自分ばかりが一方的に喋ってしまったことに気付く。慌てて謝罪の言葉を掛けようとしたが、響一が口を開く方が一瞬早かった。
「俺と結婚するのはどうだ?」
「…………。……はい?」