偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない
それは思いがけない言葉だった。
あまりにも現実離れした台詞だった。
だから上手く反応できずにじっと彼の顔を見つめてしまう。その視線を受けて、響一が苦く笑った。
「実は俺も、早く身を固めろと見合い話を持って来られて困ってるんだ」
響一の言葉に、あかりはぽかんと口を開けてしまう。
入谷家の御曹司様ともあろう人が、自分と同じような境遇にあることに驚く。
だが彼の悩みはあかりのそれよりも余程シビアだった。事の重大さが比較にならない。
「俺も今は仕事に専念したいんだが、早く結婚しろとうるさく催促される。けど見合いなんかに無駄な時間を割きたくない。政略に利用されて身動きが取れなくなるのも困る」
「……」
「だから毎回適当に断ってたんだが、最近一気にエスカレートしてきて……正直参ってるんだ」
「……そう、なのですね」
「ああ。だから――」
言葉を切った響一が身体の前面をこちらへ向ける。あかりの想いを受け入れ、自分の意思を示すように真剣な表情で言い募る。
「利害の一致ってやつだ。同じ悩みを持つ者同士でさっさと結婚してしまえば、お互い結婚話の煩わしさから解放されるだろ?」
にやりと笑ってあかりの出方を窺う響一に、一瞬ほうっと見惚れてしまう。
何かの罠に捕まったような……何か押してはいけないボタンを押してしまったような、不思議な感覚に囚われる。
それほどまでに、響一の誘い文句は魅惑的だった。言葉だけではなく、声と視線と仕草も、あかりの心をぐらぐらと刺激した。