偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

 響一の説明に、無駄に照れて大慌てで否定してしまった感情がスンと消えてなくなる。

 もちろんいつも優しくて物腰柔らかで王子様のような奏一と、こんな絵に描いたように平凡でなんの取り柄のないサロン店員のあかりがどうにかなるとは、一切思っていない。

 けれど憧れているのは確かな事実だ。だから双子の兄が結婚相手を探しているのなら、もしかして……ほんのちょっとだけ……なんて淡い夢を見ただけだ。もちろん夢は夢である。

 あかりはふるふると頭を振って思考を追い払うと、すぐに響一に向き直る。

 そして身体の正面を彼に向けて、自分の言葉で自分の意思を伝える。

 利害の一致を確認するように。
 ――彼の共犯者になるために。

「わかりました。その提案、お受けします」
「へえ、話が早いな?」
「……お仕事、続けたいので」

 彼の提案を受け入れることに決める。

 理由は今の仕事が好きだから。この仕事を続けたいから。

 響一との契約は、あかりが自分の望む人生を歩むために突然舞い降りた『奇跡的な幸運』だ。お互いに恋愛感情があるわけではないけれど、確かに彼の言うように利害は一致している。

 だから二人はお互いの目的のために、お互いを利用することにした。ただそれだけだ。

 響一が手のひらを差し出す。

 それが彼の誘い。かりそめの夫婦、偽りの関係。――『契約結婚』が成立する合図。

「じゃあ、俺の奥さんってことで」
「……よろしくお願いします」

 その手にそろりと指先を乗せた瞬間、あかりと響一の契約は静かに始まった。

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