偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

 けれどちらりと盗み見た響一の横顔はどことなく嬉しそうだった。そこには彼が煩わしい結婚話から解放された安堵だけではない――何か別の喜びが含まれているように感じられた。

 とは言えあかりと響一は紛れもない契約結婚だ。事情が事情なので善は急げとばかりに入籍に至ったが、それまでの間にデートをするとか、必要以上に連絡を取り合うとか、プレゼントを贈り合うようなこともなかった。お互いの都合をすり合わせ、ただ粛々と準備を進めてきた。

「はあぁ……いっぱい食べたー!」

 一人暮らしの賃貸を引き払って特別多くもない荷物を響一のマンションへ移すと、荷解きもそこそこにディナーへ出掛けることになった。契約結婚ではあるが、初日ぐらいは記念に食事に行かないか? という響一の提案に乗り、彼との二回目の食事もしっかりと堪能した。

 今夜もさほどかしこまった店ではなく、トラットリアのフルコースに響一おすすめの白ワイン。食事の後はまっすぐ響一の家に――今日からあかりの家でもある場所に戻ってきた。

「お酒も美味しかったです」

 美しい器にお洒落に盛られた品々とそれによく合うワインの味を思い出しながら、リビングのソファに深く座る。

 そんなあかりの傍でスーツの上着を脱いだ響一も『そうか』と笑ってあかりの隣に腰を下ろしてきた。

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