偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない
「あの……本当に入谷、奏一、様……?」
慌てて手を引っ込めるともう一度彼の名前を確認する。今度はフルネームで。
同じ相手に何度も名前を確認する行為は失礼そのものだろう。もしかしたら不快感を与えてしまうかもしれない。
だが相手を間違えたまま施術を行うのは大問題だ。身体をリラックスさせて整えるためにリラクセーションサロン『mohara』にやって来てくれる客に、間違った施術を行って身体を痛めたり体調不良の原因になっては困る。
もし怒られたら怒られたで構わない。それよりも、身体を痛めるようなミスだけは何としてでも防がなければならない。施術相手を間違えるなど万が一にもあってはならない。
「いや?」
はらはらと落ち着かないあかりの問いかけを聞くと、うつぶせになっていた男性がベッドの上に片肘をつく。
「入谷 奏一は弟の名前だ。俺は入谷 響一」
「!?!?」
そのまま頬杖をついた男性が、不思議そうな顔であかりの姿をじっと見つめる。何を言っているんだ? と整った眉が中央に寄るが、それはあかりの台詞だ。
(お、弟……!? てことは、やっぱり別の人……!)
「え……!? でもカルテ……!」
「カルテ?」
「受付でお預かりした予約カード、入谷 奏一様になってますけど……!?」
「予約カード……?」
もう自分でも心の中の声なのか、実際に外に出ている声なのかもわからない。