偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

「兄さん、傍若無人に見えるだろうけど、実はすごく優しいでしょ?」
「え……あ、はい……」

 奏一の言葉の意味を考えていると、彼の身体からフッと力が抜けたことがわかった。どうやらまた話題が少し逸れたらしい。

 彼の言う通り、響一は意外にも優しい人だ。確かに契約結婚ではあるが、一緒に生活していても不満に思う事はほとんどない。多少強引なところはあるが、これまであかりが嫌だと言うことを強要されたことは一度もなかった。

「優し……い、です」

 響一は朝早く出勤して夜遅くに帰宅することも多いので、時間的にすれ違うことも多い。それでもあかりの顔を見れば必ず挨拶をしてくれるし、タイミングが合えば一緒に食事も摂ってくれる。あかりが疲れていると察せば、ちゃんと労いの言葉もくれる。

 そんな『優しさ』を思い出してぽつりと呟くと、奏一が一瞬間を空けて照れたように俯いた。

「……ちょ、ごめん。変な想像させた」
「違いますっ! してません!」

 彼はあかりの『優しい』を夜の話だと思ったらしい。それについては優しいときもあればかなり意地悪なこともあるので、一概にどうとは言えない。だが今のあかりの呟きの中に、その件についての『優しさ』は含まれていない。

 だから誤解だ、と焦って釈明すると、奏一が『ごめんごめん』と笑いながら謝ってきた。

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