偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない
最初のうちは『何を言い出すのだろう』と固まることしか出来なかった。だが機会を重ねるごとに、普段とあまりに異なる態度で愛妻自慢と幸せアピールをするので、あかりも彼に合わせて隣で微笑むことが当たり前になった。
たまに笑って吹き出しそうになることもあるが、それを堪えて俯くと相手には照れているように見えるらしい。決まって『可愛らしい奥様ですね』と返されているのがおかしくてたまらなかった。
そんな調子ではあるが、契約結婚で結ばれた仮初め妻にしてはそれなりに必要な役目をこなしているだろう。
もちろん響一の普段の態度は、最初と何も変わらない。同居人としてはかなり打ち解けてきて、他には何の問題もない生活を送っている。
だからこのまま、ゆるやかな安寧が続くと思っていた。
思いもよらない話を、勤め先であるmoharaの店長・美奈に聞かされるまでは。
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「えっ……立ち退きですか!?」
「うん。もちろん今すぐに、ってわけじゃないんだけど……」
ある日の業務後、スタッフルームに集められた従業員たちが上げた驚きの声の中に、当然のようにあかりの声も混ざった。
美奈の話によると、最寄りの駅ビルとすぐ側の商業施設の間に挟まる小さなビル群一帯が、現在進められている再開発計画の一環で建物ごと取り壊されることに決まったという。その後一旦更地になった場所に商業ビルを新設し、生まれ変わった建物に飲食店やアパレル店をテナントで入れる予定らしい。