偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない
それもそのはず。店長の美奈は女性を癒すサロンを切り盛りする傍らで、長い間不妊治療を受けていた。
結婚してから十年以上、本格的な不妊治療を開始してから八年も経っていて、夏頃から『そろそろ諦めようかな』と寂しそうに笑う姿をたびたび目にしていた。
そんな美奈のおめでたいニュースが嬉しくない人など、この職場にはいない。みんな揃って大喜びだ。
「それで……その、もちろん退職金はあるんだけど……転職先をみんなにちゃんと見つけてあげられるかどうか……」
ひとしきり喜び合ったあと、話題は立ち退きの件に戻ってくる。もちろんmoharaがなくなってしまうという状況は先ほどと何も変わっていないが、心境は大きく変化した。
「何言ってるんですか、店長。そんなこと心配しないで下さい!」
「そうですよ~! 今はご自分の身体のことを優先しないと!」
「うんうん! 再就職なら店長に鍛えて貰ったスキルがあるので、どうにかなります!」
美奈の申し訳なさそうな顔に、その場にいた全員が明るい表情で彼女の不安を笑い飛ばした。その意見にはあかりも完全同意だ。
長年の治療の末にようやく宿った新しい命だ。この場にいる全員がその奮闘と努力を知っているのだから、無理なんてして欲しくないし、身体を大事にして欲しいと思う。
美奈の見た目にまだ大きな変化がないところを見るに、本来は職場の従業員に報告できるタイミングではないのだろう。つまり今が一番大事なときだ。