偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

 だが考えてみれば、彼には必要がなかったのかもしれない。料理だって食べ飽きるほど食べているだろう。

 と密かに軽率な判断を後悔していたが、プレートの上に並べられた料理を口に運んだ瞬間、その憂いは一気に吹き飛んだ。

「ん……! 美味しい~!」
「そうだろ、そのソースは俺も美味いと思う。あかり、こっちのソテーはどうだ?」
「お魚も身がフワフワで美味しいです。トッピングの食感がいいですね……。あ、でも魚料理はパンフレットに載ってるサーモンも美味しそうです」
「そうだな、今日は用意してない料理も美味いぞ。それに料理だけじゃなくて、ウェディングケーキはチョコレートやモンブランに変更出来るんだ」

 そして憂いが消えたのは響一も同じだったらしい。あかりの笑顔を見た瞬間、彼も再び表情を緩ませ、さらにあかりが喜びそうな情報を次々に並べ始める。

 だが響一がブライダル担当の情報よりも細かい部分まで説明したことで、あかりではなく他の参加者が不思議な顔をし始めた。気が付くと周囲にいた数人があかりと響一の姿をじっと見つめている。

(なんか……響一さん目立ってる)

 それはそうだ。他の参加者も皆カップルばかりだが、大抵の人々はカジュアルな格好で参加している。

 そんな中でひとりだけ黒いスーツをぴしっと着こなし、パンフレットには書かれていないことを丁寧に語り始めたら。しかもそれが端正な顔立ちとスタイルの良さを持つ見目麗しい好青年だったら、それは目立つに決まっているだろう。

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