偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

 さらにその隣にいる女性は、特別可愛いわけでも美人なわけでもない、ごくごく普通の平凡人だ。顔立ちだけではなくスタイルが良いわけでもなければ、服選びに飛び抜けたセンスがあるわけでもない。平凡の極みである。

「おい、総支配人が笑ってるぞ……?」
「なんかいつもとイメージ違うわ……」

(ひぇ……従業員の皆さんまで……!)

 そしてその姿は他の参加者にちぐはくな印象を与えるだけではなく、ホテルに務めるスタッフにも不思議な光景に映るようだ。壁際に立つ数人がひそひそと話す声があかりの耳にも聞こえてしまう。

 しかし彼らはあかりがどうこうではなく『イリヤホテル東京ルビーグレイス総支配人・入谷 響一』の様子に驚いているらしい。彼らの会話を拾うに、普段の響一はあまり笑わないカタブツなイメージを持たれているようだと分かる。

 もしやその真面目で仕事が出来る完璧な印象を自分が崩してしまったのだろうかと焦るあかりだが、

「総支配人、なんか幸せそうね」

 という女性の声が聞こえると、申し訳なさは急激に恥ずかしさに変わってしまった。

 あかりが照れる心を知ってか知らずか、響一はあかりが試食を口に運ぶ様子を見てずっとにこにこと微笑んでいる。確かに幸せそうな笑顔、に見えないこともない。

「あの……総支配人」

 スタッフたちに向けられる視線に恥じ入っていると、ふと一人の男性が響一の傍へ近付いてきた。

< 80 / 108 >

この作品をシェア

pagetop